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2018.3.3

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Get

「学ぶことがなくなったので、転職します」


と聞くことがあります。

僕はこの言葉を聞くとイラッとします。

学ぶことがない環境などないと信じているからです。
(自分の価値観と異なる考えに苛立ちを覚える時点で未熟ですがw)


どすえ内で頻発される質問のベスト3に入る質問の中に

「何を得たか?」

という質問があります。

海外に行った。
イベントに行った。
何かトラブルが起きた。
成果が出た。
遊びに行った。
友達と飲んだ。

どんなことでも、
「何を得たの?」

と聞かれる文化がどすえにはあります。

この「何を得たか?」という問いの価値がすごいんです。


例えば、
漫画を5時間読んだり、YouTube2時間見続けた。
テレビを気づいたら3時間見続けていた。

一見するとただの浪費です。
無駄な時間。
勿体無い時間。


ですが、
ここで一言
「この時間で何を得たか?」

と自分に聞きます。

もしかしたら
明日会社で使えるギャグネタを手に入れた、かもしれないし
集中するとこんなに時間が早く過ぎる、普段仕事に集中できていないと気づけた、ことかもしれないし
〜というテレビに没頭してしまうのは自分が◯◯という価値観を大切にしているからかもしれない、という新たな自己の発見かもしれません。

一言、
「何を得たか?」と聞くだけで
浪費が投資に変わります。


どんな時でも
「何を得たか?」これさえ聞き続けていれば一生成長し続けます。

同じセミナーを複数人が受けても
何を得たか?のその内容によってその後の成果はまるで変わるはずです。


半年くらい前に
ある有名経営者の講演を聞きに行った時に
先輩から「何を得た?」といつものごとく聞かれました。

「やっぱり目標って大事だなって思いました。」

と僕がいうと
先輩に

「お前、それは何も得てないぞ。」

と言われました。

さて、これはどういうことでしょう?

「何を得たか?」
英語で言うと
”what did you get?" みたいな感じでしょうか。

Getの語源を調べると

「ある状態に達すること」とありました。

今までなかったものが手に入ることみたいなニュアンスがあります。
そうすると、

今回の講演会の例でいうと

講演会を聞く前と聞く後で明らかな違いが生まれていないと
何も得ていないことになります。

「目標はやっぱり大事だなぁ」なんてことは講演会に出る前も聞いたことがあったし、なんなら自分でも言っていたことでした。

そうすると講演会聞く前と聞いた後とでは何も変化が生まれていません。

これは得ていません。
だって状態の変化が起きていないからです。

そうすると本当に得たものとして
今考えてみると

・目標が大事だと知りつつそのことを全く実践できていなかった
・目標を24時間意図することが大切であり、そのための仕組み作りが効果的である
・目標が大事なことはみんな知っているがそれをうまく扱えている人はほんの一握りである

みたいなことを得ているんだろうなと思います。

上の3つのようなことであれば
確かに講演会を聞く前と聞いた後で違いが生まれそうです。

講演会前の状態から、”別の状態”に達しています。


経営者の多くは仕事以外の趣味が多様です。
スポーツや芸術や文化活動や。

そして確実にそこから「何か」を得ています。
(これは経営者に限ったことではなく、
芸術家の人や学校の先生や、スポーツ選手であっても
自分の専門分野以外のものから何かを得て、
それを活用する能力が非常に高く僕には見えています。)

素晴らしい場があるわけではなく、
素晴らしい場にしようとする意図があるかどうか、なのだなぁと感じます。


ブログを読んでくださってありがとうございます。

一応聞いておきます。


「何を得ましたか?」
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KAWAI-TAIRIKU 川井大陸