言葉と責任

【信】という漢字は【人】+【言】から成り立っています。

この成り立ちの意味はご存知ですか?

「一度言明したことを押し通す人間の行為」
を表しているのがこの【信】という文字です。

すごい会議では
「Trueであれ。」という約束があります。
●これは言ってることとやってることの整合性があること。
●思ってることと言っていることの整合性があること。
という意味です。

言っていることとやっていることに整合性がなければ、それは不信に繋がります。
「約束を尊重してください。」
「どんな成果手に入ったら大成功ですか?」
と我々はお客様に言います。

だからこそ、約束を尊重することやチャレンジすることに関して、すごい会議では一般的な会社よりも真剣で、本気です。
言っていることとやっていることに整合性を持たないと嘘になるからです。

また、思ってることをそのまま口に出すことは躊躇いが生まれます。
私も経験していましたが、言いたいけど言いにくいことは組織に所属している限り間違いなくあります。

表面的な問題解決をしても、問題を引き起こしている本質的な問題を解決しなければ、似た問題は起こり続ける傾向が高いです。

多くの組織では、
納得していない状態での「そう思います。」という言葉や、
「これうまくいかないだろうなー」と思っていても言わないことが度々あると聞きました。

「ストレートに今感じていることをいうと、、」
というような会話を社内で度々聞きます。

思ったことや感じたことは溜め込まずに、その瞬間に言った方が会社として前進しやすいことを全員が理解しているからです。

先日先輩に、
「やります。」というだけの言葉を封印しろとフィードバックを受けました。

行動を宣言する場合は
①今すぐやる
②一生やらない
③いつやるか今この瞬間に決める

のどれかにしろと言われました。
確かに、自分の中で「いつかやろう。」と思ったことの8割9割は実行できていないなと過去を振り返って気付きました。

やらないことをやりますと言うことは不信を生みます。
自分の発言1つ1つに責任を持たなければ、信頼され、信用されることはまずないです。

行動を決める場合は必ず上述した3択から選ぶことをやります。

定義の定義

みなさんは次の言葉の定義をどのように考えていますか?
「問題」
「目標」
「営業」
「大学生活」

ある事象の共通認識をもつために言葉があります。
あなたにとって問題とはなんですか?
目標とは何ですか?
営業とはなにをすることですか?

先日、すごい会議の師匠である大橋禅太郎さんと何人かで会話をしていると、

謙虚ってどんな意味だ?と質問されました。

あるメンバーは、「全ての人を尊重すること」と答えました。
あるメンバーは「常に学ぶ姿勢をもっていること」と答えました。

人によって定義が違うと
同じAさんという人でも、
ある人にとっては謙虚な人であり、
ある人にとっては謙虚でない人になります。

そうすると、いいか悪いかは別として人生生きていくうえでうまく生きていける定義とそうでない定義がある。
という解釈を私はしました。

面白いのは、謙虚の定義は幼い頃に
お母さんやお父さんから謙虚とはこういう定義だからな!
しっかり謙虚になれよ!とは言われていません。

人はなんとなく、言葉を理解し、なんとなく定義付けています。
どんな環境やプロセスで人は言葉を定義付けていくのでしょうか?

きっと交友関係や、趣味、価値観などその人の生き方が
言葉の定義を決めています。

「多くの人は目隠しした状態で言葉を使ってるみたいなもん」
と禅太郎さんは言っていました。

営業を「ものを売ること」と定義している人と、
「問題解決をすること」と定義している人では営業のやり方に明確な違いが生まれます。

日常的に使っている言葉の定義を疑うだけで多くの気付きが生まれます。
「友達」の定義は何か?
「家」とは何か?
「仕事」とは何か?
「つまらない」とはどんな状態なのか?

意図することが気付きに繋がり、成長に繋がります。
気づかないと成長できません。

「気遣いができる人は成長しやすい」とある人が言っていました。
私は気遣いが苦手です。

【気付く】ことのできる自分でいます。
以上です。

全てを意図する

「効果的かどうかは別として、意図を持て」

社長から言われた言葉です。

あなたは今日の服装にどんな意図がありますか?

私は「使う言葉」については
以前の私と比べると少しずつ意図して言葉を選択できるようになりました。

服装についても
振る舞いについても同じだ、と言われました。
(私は今まで服装に意図をもったことはありませんでした、着たいものを着ていたし、買う時も直感で買っていました)

今日会う人は誰で、どんな心象をもってほしいのか?
その疑問文を自らに問い、意図した服装、振る舞いをすること。

失敗はしてもいい。
意図しているかどうかが大切だ、
失敗したらそこから学べばいい、何も考えずに何も起きていないのが最も愚かだ。
という解釈を私はしました。

サービス業の方の笑顔はすべて意図されていると思います。
きっといつも楽しいわけではないし、気を抜くと笑顔は忘れてしまうくらいのものだと思います。

すごい会議を発明したユダヤ人のハワードは
「コミュニケーションには3つある。それは話す、聞く、黙る、だ。」
と言っていました。

黙るというコミュニケーションを私はほとんど意識したことがありませんでした。
何も言葉を発さなくても、「おれに話しかけるな」であったり「ものすごく気分がいい」というようなコミュニケーションを発している人を見かけます。
電車の中で人を観察していても明らかです。
あの人はこんな気分だなー。となんとなく推し量れる「黙る」というコミュニケーションを取っている人がいます。

メラビアンの法則は何も服装などの見た目だけではなく、
声のトーン
姿勢
話すスピード
目線
足の向き

あらゆるものが物語っています。

どれだけ「黙る」というコミュニケーションを私はできるのか?

無意識の意識化をして言動を変える機会が
すごい会議では非常に多いです。

会話の中で
視線が右に少しそれただけで
「今、目が右にそれたぞ」と、その場でフィードバックされます。

そんな文化の中で仕事していると人の癖について観察するようになりました。
ある会社で部長が15分スピーチをしている時に
「えー、」と言った回数を数えると63回でした。
15分の間に63回も「えー」と言っていたと伝えると
「マジ?おれ、そんなに言ってる!?」
とめちゃくちゃ驚いていました。

自分の効果的でない無意識にしている言動はなにか?

癖は人にどのように染み付いていくんですかね?
癖が形成された背景を考えることも面白そうだなと思いました。

おしまいです。

北海道合宿

こないだどすえメンバー全員で北海道に行ってきました!
場所を変えて会議をすると毎回効果的な解決策であったり、イノベーティブなアイデアが生まれます。

今回は1泊2日で行ったのですが
新規事業についての会議をしたり
採用の問題解決をしたり、
社内制度の問題解決をしたり、
2日間でいろんな物事を見直し、整理し、前に進めました。

とまぁ社内事情は置いておいて、
ほぼまる2日全員で過ごしたのですが、全員があるチャレンジをしました。
ある人は人を承認する量をいつもの3倍にする。
ある人はユーモアある発言をしてみんなを笑わす。
ある人は品格のある者としての振る舞い、発言をする。
というように各々がより素晴らしいビジネスマンになるためにチャレンジポイントを決めて取り組みました。

できていない時はその場でフィードバックし、
2日目の最後にはみんなで振り返りをして、それぞれどれくらい振る舞いを変えることができていたのかを採点します。

社長はよく「やるならオーバーレスポンドしろ」と言います。
やるならやるでおもいっきり振りきれ、ということです。

かくいう私は
「ビビったりしている時がある、いろんな経営者や目上の人に対して媚びへつらう感じがある。」ということを言われ、
チャレンジとしては
・ ダイナミックな振るまいと発言しかしないこと
・ 社長に対しても誰に対してもタメ口で話すこと
という2つのチャレンジを受けました。

いつもいろんなフィードバックを受け、自分の倍も生きている人にタメ口を使います。

「なに?」
「うん、そう。」
「どっちがいい?」
すっごい違和感です。カタコトになってしまったりしたら、「堂々としていない!」とフィードバックされます。

そして
敬語が出ちゃうんです。

どれだけ気をつけていても敬語が出たり、ぼそぼそとなったり、、

意識して言動を変えることがどれほど難しいかと実感しました。

「以後気をつけます」
「今後はここを意識していきます」
という発言はとてもじゃないけど信じられないなと思いました。

意識して変えることの難しさ、半端じゃ無いです。

面白いことに
一人一人のチャレンジポイントが全く違うと
自分がフィードバックされている分、人にフィードバックしたくなるので
人のチャレンジポイントについても考えます。

品格のある発言や振る舞いってなんだろう?
ユーモアあるってどんなこと話すのか?
おれだったらどうやって承認するかなぁ

といった具合です。

意識して振る舞いを変えることは難しいけれど
意識するといろんな気付きがあります。

自分がどこにアンテナを張って世界を捉えているのか?

全ての物事から学ぶことはできるし、
学びがないのは自分のアンテナが狭い範囲にしか立っていないからだということを改めて知りました。

無意識に使う言葉、意識的に使う言葉

「言葉はその人の在り方や考え方を表す」というものがすごい会議の1つの考えです。

すごい会議に入って私自身使う言葉が変わってきたので今回はすこしそれをシェアします。

◯約1年前にすごい会議に関わり始めて、
すごい会議全体で外部の人達も合わせて飲んでいた時に
「君若いねー!!」とある方から話しかけられました。
私はつい
「そうなんですよ。一番下っ端でして、、」
と答えると、斜め前に座っていた先輩が
「カズマ、‘下っ端’って言葉2度と使うな。他の言葉に言い換えるとしたらどんな表現が可能になる?」
と質問されて、
しばらく悩みながら、「んー、この中で1番伸びしろがあります」
と答えました。

「私1番下っ端なんです。って言ってる新人と私1番のびしろあります。って言ってる新人どっちが成功しそう?」
「後者です」
「だったら次からそう言って」

というようなやりとりがありました。
このように基本的に自分を下げるような表現は我々は一切しません。

◯「じゃぁ」という言葉も基本的に使われません。
「じゃあ僕やります。」「じゃぁ、こっちにしましょう」
「じゃぁ」とつけると自分の意志ではなく、人に言われたから、、
仕方ない、妥協するというニュアンスを感じます。
必ず自分の意志で主張しろ。というのが文化です。
「僕やります」「こっちにしましょう」こういったほうが私が言うには
はるかにパワフルです。

◯「〜させる」という表現も私はすごい会議に入ってほとんど使わなくなりました。
人は基本的に「何かをさせられたくない」生き物であるからです。
この仕事やらせる。→この仕事してもらう
意識づけさせる→意識づけが起こる
参加させる→参加する、参加してもらう

「させられている」モードだとエネルギーが下がります。

◯「悪い」「良くない」という言葉も一切使わなくなりました。
「〜がだめだよねー」
「成績の悪い店」
「こういうとこよくないよね」

というようなコミニケーションを取るよりも
「〜が成長のポイントだよ」
「〜がこういう風になったら最高だと思うよ」
「チャレンジするところは〜だ」
と言われたほうが私はやる気になります。

このように意図的に使うことをやめる言葉もあれば、
意図的に開発する言葉も面白いです。

私はもともと仕事を後回しにする癖があって、
「今やります」という言葉を意図的に使うことを8月コミットしていました。
何も考えず「今やります」ととりあえず言うんです。

言っちゃうと大変なんです。「あ、今やんなきゃ・・」ってなるからです。
ただ、仕事のスピードはそれまでと比べて格段に早くなりました。

カタカナ言葉を言ったら罰ゲームであるとか
先輩にタメ口使うゲームで敬語になる度に罰ゲーム
など言葉遊び(飲み会でもよくありますよね)がありますが
結構な頻度でみんなやらかします。
どれだけ人が無意識に言葉を発しているのかという気づきを得ました。

意図的に効果的な言葉を選択することで私はマインドが変わりました。

自己分析・自分創りのやり方

4月から採用担当として学生150人以上と面談してきましたが、ほんの1年前は私自身、1人の就活生として就職活動をしていました。

学生と面談をしたり、社会人の方とお話していると「よくそんな会社に入りましたね」と言われることが多いですが
実際は即決で意思決定したわけではなく、内定をもらってから3週間悩みに悩んだ上で意思決定しました。

何人かの学生に「どうやって就活の軸決めていたんですか?」と聞かれて自分のやっていたことをシェアする機会が多かったので、今回はどうやって自分の軸を固めたのかを書きます。

「もし自分が殺されそうになって、助かる方法を考えるのに1時間だけ与えられたとしたら、
最初の55分間は適切な問いを探すのに費やすだろう。」

最近知ったのですが、アインシュタインの言葉らしいです。(その真意は定かではありませんw)
私は学生時代、自分がなにをやりたいのか?を知るために質問を考えていました。
簡単には答えられない質問に答えることでより自分自身と向かい合うことができました。

・ あと5年しか生きられないとしたら何をするのか?
・ 幸せの定義は何か?
・ 「幸せ」と「楽しい」の違いは何か?
・ 「やりがい」と「生きがい」の違いは何か?
・ 10年後どんな仲間とどんな会話をしていたいか?
・ 憧れの人は誰で、どんなところに憧れているのか?
・ なんのプロフェッショナルになりたいのか?
・ ありたくない姿、生きたくない人生はどんな人生か?
・ 自分の人との違いは何か?
・ なんの制限もなかったら何をしたいのか?
・ まわりにどんな人と思われたいのか?
・ 失いたくないものは何か?
・ 何が自分を頑張らせるのか?
・ 許せないものは何か?

などです。
自分はどんな価値観や人生観を持っているのか?をいきなり考えるのは難しかったですが、そのヒントを探るための質問はいくらでも考えられました。
そしてその質問に向き合って答えていくと段々と自分がどんな人生を生きたいのかが見えてきました。

自分自身とどんな会話をするかで人生の質は変わる。

とある先輩が言っていました。
「なんで自分ってこんな仕事できないんだろう」
「つまらないなぁ」
「やりたいことなんもないなぁ」
「最悪だ」
と自分と会話している人と

「こんなことになったら最高だな」
「どうやって楽しもうかな」
「いい機会になったな」
「ここで気づけてよかった」
と自分と会話している人では

人との会話の内容も言動も全く変わってきそうな感じがします。

今の自分をより魅力的な自分にする自分自身との会話とはどんな内容か?

自分の肩書は何か?

オリンピックが終わりました。

いろんなドラマと感動がありましたが、
最も個人的に印象的だったのは
体操の内村航平選手が個人総合の鉄棒の時にぎっくり腰を発症したにも関わらず
種目別の床の演技に出場したことです。

私もぎっくり腰になったことがあるのですが
ぎっくり腰になって、演技を続け、さらには他の演技にチャレンジすることが信じられませんでした。

すごい会議では
解釈と事実を区別して物事を捉えることを徹底しています。
解釈とは自分で作り上げたストーリーであり、物事の意味を受け手側から理解することです。
例えば、
「オシャレじゃないからモテない。」
「お金がないから設備投資できない」
「暑いから集中できない」
などは全て解釈です。
オシャレじゃなくてもモテている人はいるかもしれないですし、
お金がなくても設備投資できる可能性があるかもしれません。
暑くても集中できる時もあるかもしれません。

解釈することはいろんな可能性を殺してしまうことがある、と私は解釈しています。

私はぎっくり腰になったら、
「腰が痛いから、演技できない」と真っ先に考えてしまいそうです。
内村選手もそのことを考えていたかもしれませんが、
腰が痛いことと、演技することを区別して捉えたからこそ
演技するという意思決定ができたのだと思います。

どすえの社長の川井は
「風邪を引いている、は解釈だ」と言っていました笑
体温計が39度近くを示していた時に、
「おれは風邪を引いていない。体温計は38.9度を表示している。以上。」
と言って仕事していました。
強烈でした。

気づいたら頭には解釈が浮かびます。
「私はまだ新卒だから、、」
「忙しいから、、、」
「あの人は経験があるから、、、」

自分の頭に解釈が起きることで
勝手に言い訳が生まれます。
社長の川井から「新卒」「1年目」という言葉を2度と使うな。と言われました。
「私新卒なんです。1年目なんです」と言っていると
新卒としての自分、1年目としての自分という枠を勝手に創りあげてしまいます。

仕事をしていて「新卒なのにすごいね」と言われる機会が何度かあったのですが
私は悔しいと思いました。
「(新卒にしては)すごい」という文脈を時たま感じるからです。(私がひねくれているだけかもしれませんが笑)
新卒に見える、新卒と思われる振る舞いや言動をしている自分がいるということです。

お客様にとっては
相手が新卒だろうが何年目だろうが関係ありません、
期待している成果が出るかどうかそれだけです。

話はそれますが
「先輩は抜かさないと失礼だ」とある経営者の方が言っていました。

現状や今の立場や役割に関係なく
なりたい自分、求められている自分はどんな立場なのか?
そこをまず、自分自身に期待しないとなにも始まらないと思いました。

クライアントにインパクトをもたらす一流のコンサルタントであり、
どすえというベンチャーを引っ張っていくリーダーです。

「自分こそが金メダルに最も相応しい」と思っていない人は
金メダルを手にすることはないという気付きを得ました。

TaskとCommitment

いろんなことがあって
先日
新宿から熱海までの100kmを走り、
別の日には
1日でどすえのfacebookページに1000イイネを集める
というチャレンジをしました。

100kmマラソンは
1日仕事をしたあと24時にスタートし、
途中足を痛めて70kmすぎからは足を引きずりながら歩き、20時間かけて完走しました。
眠すぎて途中歩道で寝ました。
胃を痛めて3回吐きました。
めまいがして2回倒れました。

・トレーニングしないと100kmは足がもたないこと
・十分な睡眠を取ってから走ったほうがよいこと
・100kmは長いこと
を学びました。

1000イイネ集めるキャンペーンは
電話帳に載っている人に電話しまくりました。
大学1年生の時にデートした女の子にイイネ欲しさに4年ぶりに連絡しました。
幼稚園のころの友達にも電話しました。
渋谷駅にて400人くらいにこえかけてFacebookのイイネを押して下さい。とリクエストしました。
同い年の子がこえかけを手伝ってくれました。
外国人もイイネ押してくれました。
ツイッターで拡散してくれた方もいました。

結果1日で847イイネが集まり、翌日のお昼すぎ、
キャンペーンスタートして35時間後に1000イイネ突破しました。

チャレンジする前、
100kmは時間かければ完走はできると思っていました。
しかしながら足がめちゃくちゃ痛くなり、暑さと眠さでめまいはするしで
途中でやめる理由が山のように頭の中で湧き出てきました。

1000イイネについては
15時間くらいで1000イイネも集めるなんて全然やり方がわかっていなくて
厳しそうだなと思いながらチャレンジを始めました。

疲れてきたり、うまくいかないことが起きると
できない理由の説明や言い訳が無限に頭に出てきます。

そんな中で励みになったのは
1mずつ、1イイネずつ、わずかながら着々と進んでいるという実感と
何よりも
声をかけてくださったり
Facebook上でシェアしてくれて応援してくれた方々の存在です。

なにがなんでもやり遂げなきゃという揺るがない決意が生まれました。

どすえ内でも高い目標達成のためにいろんな問題に出くわす中で
「なんとかします!」という言葉が何度か口にされます。
そして色んな方法を模索して結局失敗するときもあれば成功するときもあります。

私はこの一見無謀なチャレンジを2つしたことで
「なんとかします!」の言葉には
「やり方はわからないものの、できることをひたすら真面目にやりながら
多くの人の応援・協力を経て、’おれはやりぬく’と決めて行動し続けます」

という意味があるなと身を持って学びました。
「コミットする」という宣言には、なにがなんでもやり切る大きな決意と力強い行動の継続が不可欠です。

なにはともあれ
応援してくださった全ての皆様に
心からの感謝を申し上げます。
ありがとうございました。

セミナー講師(22)

先日神奈川のとある青年会議所にて経営者や取締役の方々に対して私が講師としてセミナーをしました。

30歳以上の年上の方々が22歳の私を講師として先生と呼ぶんです。
史上最年少の講師記録を塗り替えました。

そりゃもう、緊張がとまらないです。
声と足の震えがとまりませんでした。

と今までの私は書いていましたが
今回は全く緊張しませんでした。

なぜか。
私の役割は何か?
この質問を自分自身に問いかけ、それに答えたからです。

私の役割は何か?
「すごい会議のノウハウを伝えること」だけだと思いました。
経営者の方を感動させようとか、今後の関係性に繋げたいとか、
他のことはなにも考えませんでした。
私自身にできることを確実にやる。

もっとうまくやろうとしない。

そう決めた瞬間に緊張しなくなりました。

先月すごい会議全体で
スペースのある人スペースのない人
という会話をしました。
スペースとは余裕のことです。

頭がよかろうが悪かろうが、歳とってようがなかろうが、実績があろうがなかろうが
余裕のある人はありますし、ない人はないです。

先輩と会話をしていて
嘘をついたり、実力以上に自分を取り繕おうとするとスペースはなくなっていく。
自己開示はスペースを生み出す。のではないかという仮説を立てました。

できないことをできないと言うこと、
背伸びしないこと、

口で言うのは簡単ですが実践はなかなか大変です。

ただ、今まで人のまえに立って話したりするときに緊張が止まらなかった自分自身を振り返ると
もっとうまくやろうとか
もっとかっこつけようとか
確かに無理をしている自分がいました。

自分の役割は何か?
そこだけに集中すると
かっこつける必要は全くなくなりました。

実際、セミナーのアンケートを見ると
「とてもためになりました」
「漠然とした希望が実現しそうな気がしました」
「すぐにでも人に話したくなる内容でした」
といった声を結果としてたくさんもらいました。

セミナーに対して
希望をもたせてやろう!とか
人にすぐ話したくなる内容のセミナーをしよう!
とか思って望んでいたら参加者の方のこの満足は手に入っていなかったんじゃないかと思います。

役割と責任という区別をすごい会議ではよく扱います。
セミナーをする
私の役割は「すごい会議のノウハウを伝えること」で、
私の責任は「参加者が忙しい中来て本当によかったと思うこと」と定義しました。

責任は結果論なんじゃないかと思います。
果たすべきは役割で、役割をしっかり遂行した結果として責任が果たされるのではないかと。

仕事も同じで
お客様が成果を出す、満足するという責任を果たすために
自分はどんな役割を遂行するのかをしっかり自分で定義していくことをこの経験から学びました。

一生忘れられない27時間

先日会社のメンバーで福岡で会議をしました!

自社の問題解決会議をやって、
夜は美味しいものを食べてみんなで遊ぶ!というずっと楽しみにしていた最高のイベントです!

その日もいつもどおり会議室で私は司会席に座り、会議が始まるはずでした。

すると突然「かずま!はい!」
と満面の笑顔で先輩から1枚のポストイットを渡され、
中をみると「ヴァウオブサイレンス」という文字が。

ヴァウオブサイレンスとは何か?
「外界に対して一切の反応をしないこと」です。
話してもダメ。
ジェスチャーもダメ。
書くこともダメ。
表情変えてもダメ。
要は自分の意図を伝えるあらゆる手段を奪われるというものです。
何気ない休日であればさほど問題なさそうですが
社員みんなで福岡に会議と遊びに行くという時にこのチャレンジはなかなか受け入れ難いものでした。

翌日父親に会う予定があったので
父親に会って直接話しかけられるまでずっとやること、というのが先輩からの提案で、
私はやることを意思決定し、5分だけ時間をもらって
家族や周りの人に必要最低限のことだけ連絡して私のヴァウオブサイレンスは始まりました。

先輩や社長から話しかけられるのですが一切反応しません。
ご飯を食べに行って店員さんから色々話しかけられるのですが一切反応しません。
もちろんラインやメッセンジャーや電話なども禁止です。

人に質問されたらうなずいたりしそうになるし、
笑いたくなったりすることもありましたが全部我慢です。

そんなことをやっていると
見えるもの、聞こえてくるもの全てが変わりました。
反応しないと決めた瞬間世界が変わりました。。

自分が話すことを一切考えないので
その人の発言の意図は何か?
どんな感情から今の発言がでてきたのか?
ということを純粋にひたすら考えることができました。

・自分は日常の非常に偏ったほんの一部しか認識せずに会話や判断をしていること
・自分は無駄な言葉を話しすぎていること
・自分がどんな感情を抱いているのかや自分の思考の癖について普段一切考えていないこと
・自分が無意識でやっている言動は何なのか
・先輩が当たり前のようにやっているけれど本当はめちゃむちゃ難しい素晴らしい点
などなど本当に多くの気付きや学びがありました。

いちいち気づいたことなどをメモしたりできないのが
本当にもどかしかったです。

もう1つ、得たことが
「人は外部に一切反応しなくてもコミュニケーションができる」ということです。

反応できないのに先輩が毎回色々と質問してくるんです。
「かずまお腹まだ減ってる?」
「何飲みたい?」
「いまからどこいくの?」
私はただ無表情で先輩を見つめることしかできません。
ただそれにも関わらず、自分の意図が伝わることが何回もありました。

また、ご飯を食べている時に
「この中で一番稼いでそうな人だれだと思いますか?」と社長が店員さんに聞くと
先輩方を差し置いて私を真っ先に指名されました。
別の店員さんに「この中で第一印象迫力ある人は誰?」と先輩が聞くと
社長が1番で私が2番目でした。(5人中で私以外は全員30歳以上)

確かになにも話すことがないので
姿勢、手の位置、足の位置、視線、など体中のあらゆる部分において迫力を出そうと意識するようにはなりましたが
外からこんな風に見られるまでとは思ってもみませんでした。

苦しい場面ばかりでしたが
ブログには書ききれないし言葉にはできない
最高の財産を得られたチャレンジでした。

しっかりこのチャレンジを後輩に引き継いでいきますw