動機付けはするものではなく、湧いてくるもの

毎週ブログを書くと決めました。

だから私は毎週ブログを書いています。
毎回嬉しいことに
「一眞のブログめっちゃ面白い!」とか
「毎回楽しみにしています!」というようなコメントを多くいただき

そりゃもう嬉しい限りです。

ところが、今回困ったことに書く内容が思いつきません。
1週間を振り返って、いろんな出来事があり、多くのことを学びました。
確実に1週間前の自分よりも成長している自信はあるのですが、書く内容が思いつきません。

実際、書く内容は
先輩から教えてもらったこと、
本を呼んで学んだこと、
電車の中で人を観察して気づいたこと、
人とのコミュニケーションする中で気づいたこと、などなど
たくさんあります。

なのに手が動きません。
なぜなのか?としばらく考えていると

ふと気付きました。

「おれ、いい記事を書こうとしている。」

以前先輩と会話している時に

「もっとうまくしよう」とすると途端にうまくいかなくなる。

と言われました。
セミナーの講師を社会人に対して月に1−2回したり
お客様のもとで会議をしたり
学生に対して勉強会を開いたり、

自分の能力を超えて
もっとうまくしよう。とすると何か無理して結局うまくいかなくなる
という経験が私にはあります。

最初は自分が感じたことを等身大で、ありのままに書いていましたが
友人や先輩からブログを評価され始めると
「いいこと書かなきゃ、、、」という考えが頭の中に無意識に浮かんでいたことに気づきました。

背伸びをしてもいいことはない
と今気づいたので最近考えていることを率直に書くことにします笑

先日学生向けに「言葉」に関する勉強会を開催しました。

「恋」と「愛」の違いは何なのか?
「友達」と「親友」の違いは何なのか?
「分かる」と「理解する」の違いは何なのか?

という言葉が違えど、意味が似たような2つの言葉の違いをみんなで対話しながら考えたり、

「成功」とは何か?
「好きな人」とはどんな人か?
「本気」とはどういう状態なのか?

などみんな使っているけどよく意味が共通認識されていない言葉の
自分なりの定義は何か?

ということを話しあったりしました。

例えば、
「分かる」
「理解する」
の2つの言葉については
私なりの見解は
分かる=内容の意味を知ること
理解する=内容の背景にある意図、本質を知ること
というような違いなのではないかと考えました。

これは何かというと、
先輩から「これやっといて」と言われた時に
ただ言われたことだけやるのは言われたことを「分かっている」状態です。
何のためにやるのか?を考えたり、実際に聞いたうえで言われたことをやることは「理解している」状態です。

自分が分かっているけど理解していないことは何か?と自分に聞いてみると
意外といろんなものが出てきました。
面白かったです。

言葉の定義についても
「自分の成功とは何か?
自分の幸せとは何か?を定義しておかないと
一生成功しないし、幸せにはならないですね。」
と勉強会で参加者の人が言っていて、
本当にそのとおりだなと思いました。

私自身、知的好奇心が非常に高いので
こういう日常から学びを得られる環境が最高です。

と書いていて、
「最高」ってどういう状態なんですかね、、
言葉の意味を疑い始めると思考が止まらなくなります笑

きれいごとは危険

人生とは何なのか?
私ははなんで生きているのか?

というようなことを考えたことがある人は多いのではないかと思います。
私自身中学生のときによく考えていました。

就職活動をしていると
ビジョンを持て。
夢を持て。
というようなことをよく言われます。

正直私には当時、自分が何がしたいのかわからなかったし、
自分の人生をかけて解決したいと思えるような問題はありませんでした。

戦争はなくなったほうがいいと思うし、
格差もなくなったほうがいいと思います。
イキイキと働ける人が多いほうがいいと思いますし、
世の中便利になったほうがいいなと思います。

ただ、全てこうなったらいいなと楽観視するだけで、
自分で何が何でもこうしたい!という欲求にはなりませんでした。

メンターとして名高い福島正伸さんに会った時に
「人のためや世の中のために本気になれません。福島さんはどんなきっかけで社会のために命を使いきろうと思ったんですか?」
と質問すると
「自分のためだけに仕事をし尽くして、人のために動いたほうがうまくいくと気づいてからですね。今は自分のために突っ走っていいと思いますよ」
と答えられました。

そうして、私は挑戦で溢れる環境にいることが自分が最も幸せなので、挑戦で溢れる環境にいたいと思ってすごい会議を始めました。(要は自分の幸せのためです。)
すごい会議そのものが失敗を恐れず、言い訳を許さず、チャレンジする文化を創っていくものであるからです。
自分の周りがチャレンジしていくとその友人の周りもそのチャレンジ力は伝染していくと思うので
私の名刺には「挑戦で溢れる社会を創る」と書いてあります。

そんなこんなで
先日ある経営者の方と飲んでいて
なんで生きるのか?という話になりまして、
その方の言った一言に衝撃を受けました。

「人生は暇つぶし」

その方曰く、
何もしていなければ人生とは非常に退屈でつまらないものであり、
いかに退屈な人生を面白くするか。
そのために人の役に立つことをしたいし、
新しいものを創りたい。
とおっしゃっていました。

全く新しい視点でした。
「おもしろきこともなき世をおもしろく」
高杉晋作の言葉にありますが、

何も考えず、何も行動せず、ただ寝て食べての生活をする人生はきっとおもしろくないです。
どれだけ人生を面白く生きるか?
そこに尽きると。

きっと私は
自己中なだけで好きなことだけ独りでやり続ける人生もつまらないでしょうし、
現状維持で同じことを繰り返す人生もおもしろくないと感じます。

チャレンジし続け、
新しい刺激を受け続け
自己成長し続け
面白い人と出会い続ける。

そしてそれが誰かの笑顔になり、
誰かの何かのきっかけになり
世の中が少しずつ変わる。

なんて面白いのだろうと思います。

経営者とお仕事をするすごい会議ではいろんな経営者の方と話しますが、

経営者の方々は基本的に誰もが勉強熱心で
夫々の人生哲学のようなものを持っていて

私は最近それを聞くのが非常に楽しいです。

あなたはどんな人生観をもっていますか?

今を生きるということ。

「今していることを全く愛おしいと思わなかったら、その方法について誇りを感じていなかったら、世界中に声を大にして言いたい仕事でなかったら、職種を変えたり、職場を変えたり、雇い主を変えることをお勧めします。」

とある本に書いてありました。

長時間労働が社会で問題になり話題によく上っていますが、
あるベンチャーの経営者は1日3時間しか寝ていないと言っていました。

もちろん長時間労働は問題だと思いますが、
それに加えて、「仕事へのやりがい」に私は問題意識を感じています。

ベンチャー企業の人と接する機会が多くあるのですが、私が言うにはスタートアップ企業の経営層や個人事業主の人はめちゃくちゃ長時間働いています。
3時間睡眠などと聞いても驚かなくなりました笑

ただ、その人達の過労死とか自殺とかは聞いたことが無いです。
なぜならば、おそらく楽しんで長時間働いているからです。

「何をするかよりも誰とするか」
という言葉をよく聞きます。
自分を変えたかったり、夢を実現する最短の近道は環境を変えることであることは確かに納得しますが、
やっているコンテンツ自体に面白みがないとするとなかなかしんどいと思います。

「仕事」の定義は人によって違いますが、
仕事そのものに魅力があるのかないのかは人生の豊かさを手に入れる上で非常に重要なポイントになるのではないかと感じます。

あなたはいまやっていることにどれほどの魅力を実感していますか?

この前私はすごい会議を日本に持ち込んだ師匠である大橋禅太郎さんと会話したときに
「一眞は今にいない」と言われました。
「焦っているし、何か急いでいるように感じる。」とのことでした。

自分自身、うまくいかないことが続いたりしたときに「もっと頑張る、もっと頑張る」と視界が非常に狭くなっていました。

「今を生きる」とはどういうことか?
という疑問文を自分に問いました。

私は教育に興味があって今の仕事をしています。
人の成長であり、周りの人と未来の話をすることが大好きで生きています。

どすえには出勤もなければ、業務内容を管理されることもありません。
「あなたのやりたいことや成し遂げたいことの実現可能性を最大化する」
ことがどすえのミッションなのでそれに従ってさえいて、法律に触れさえしなければ何をしてもいいわけです笑

そういうわけで僕は勝手に
学生に対して月に2回ほどコーチング勉強会を開いたり、
今度は高校を巻き込んで教師の方たちにセミナーをしたりします。

お客様のフォローをすることも非常に楽しいし喜びです。

仕事のやりがいと喜びにもっと意識を集中して日頃から活動しないと
手段が目的になることがよくあります。

初心を忘れずにとよく言いますが
人間は忘れる生き物なので、意図的に思い出す意識が日常にいるなぁと思った次第でした。

未来は口から創られる

どすえの名刺は一人一人好きな言葉をつけることができます。

私の言葉は【挑戦で溢れる社会を創る】です。
書いてある言葉はメンバーそれぞればらばらです。

私がこの言葉にした理由はシンプルに
挑戦している人と話すことが楽しいからです。

自分の意思で挑戦している人の会話には
愚痴や不平は出てきません。
今の悩み、これからの展望、やりたいこと、など未来の会話が多いです。

そういう話をするのが好きなんです。

だから私は自分がそのような環境にいたら楽しいから、挑戦で溢れる社会を創りたいんです。

そうしたら、きっと世の中も楽しくなるんじゃないかなと思います。

どすえの代表の川井は、滅多に怒りません。
本人曰く、「怒ったところで何も問題は解決しない。ポイントは起きた問題の対処と、どうしたら2度と同じ問題を繰り返さないかだ。」だそうです。

そんな川井にこの前、珍しく声を荒げられました。

とある就活イベントでの出来事です。
女子大生が15人ほど参加していたイベントでした。
ある女の子が、参加していた人事の人に
「私のこと、雇ってくれますか?」と質問しました。

あなたが人事だとして、何と答えますか?

一眞なら何て言う?と質問され、

私の場合、
「雇って欲しいんですか?」と聞き返します。
と返しました。
その学生の意志はどこにあるのか知りたいと思ったからです。また、雇って欲しい。と思っている学生は合わないなぁとも率直に思いました。私はこうしたい!だから入社したい。という学生のほうが好きだからです。

実際、その人事の人は「雇いません。」と返したそうです。

「一眞の言葉は全然未来を創っていない。何を言うにしても、まずは承認しろ。それから可能性を引き出す未来に繋がる言葉を話せ」と川井に言われました。

すごい会議を発明したユダヤ人のハワードの言葉に
【承認の量とコミットメントの量は比例する】とあります。

そもそも、15人学生がいる中で「私を雇ってくれますか?」と質問すること自体がすごいことです。相当な勇気がないとできないです。

主張が未来を創るのであれば、主張することを恐れるような体験は絶対にさせてはならない。
という趣旨のことを言われました。

この話はまだまだ続くのですが、今回のブログの目的とは離れるので省略します。

要は、
私は挑戦する人を増やしたいと考えていたにも関わらず、
目の前の人の挑戦を止めているのは自分自身だというショックを受けました。

主張や意見に正しい/間違っているという世界を一度創り出してしまうと、
人は正しい答えを求め始め、間違った答えを言うことを恐れ始めます。自分の意見を言えなくなります。

主張が未来を創り出すのであれば、
誰もが主張できる環境をつくることさえできれば、挑戦は増えていくと思います。

未来を創る
可能性の立場に常に立った在り方でいます。

言葉と責任

【信】という漢字は【人】+【言】から成り立っています。

この成り立ちの意味はご存知ですか?

「一度言明したことを押し通す人間の行為」
を表しているのがこの【信】という文字です。

すごい会議では
「Trueであれ。」という約束があります。
●これは言ってることとやってることの整合性があること。
●思ってることと言っていることの整合性があること。
という意味です。

言っていることとやっていることに整合性がなければ、それは不信に繋がります。
「約束を尊重してください。」
「どんな成果手に入ったら大成功ですか?」
と我々はお客様に言います。

だからこそ、約束を尊重することやチャレンジすることに関して、すごい会議では一般的な会社よりも真剣で、本気です。
言っていることとやっていることに整合性を持たないと嘘になるからです。

また、思ってることをそのまま口に出すことは躊躇いが生まれます。
私も経験していましたが、言いたいけど言いにくいことは組織に所属している限り間違いなくあります。

表面的な問題解決をしても、問題を引き起こしている本質的な問題を解決しなければ、似た問題は起こり続ける傾向が高いです。

多くの組織では、
納得していない状態での「そう思います。」という言葉や、
「これうまくいかないだろうなー」と思っていても言わないことが度々あると聞きました。

「ストレートに今感じていることをいうと、、」
というような会話を社内で度々聞きます。

思ったことや感じたことは溜め込まずに、その瞬間に言った方が会社として前進しやすいことを全員が理解しているからです。

先日先輩に、
「やります。」というだけの言葉を封印しろとフィードバックを受けました。

行動を宣言する場合は
①今すぐやる
②一生やらない
③いつやるか今この瞬間に決める

のどれかにしろと言われました。
確かに、自分の中で「いつかやろう。」と思ったことの8割9割は実行できていないなと過去を振り返って気付きました。

やらないことをやりますと言うことは不信を生みます。
自分の発言1つ1つに責任を持たなければ、信頼され、信用されることはまずないです。

行動を決める場合は必ず上述した3択から選ぶことをやります。

定義の定義

みなさんは次の言葉の定義をどのように考えていますか?
「問題」
「目標」
「営業」
「大学生活」

ある事象の共通認識をもつために言葉があります。
あなたにとって問題とはなんですか?
目標とは何ですか?
営業とはなにをすることですか?

先日、すごい会議の師匠である大橋禅太郎さんと何人かで会話をしていると、

謙虚ってどんな意味だ?と質問されました。

あるメンバーは、「全ての人を尊重すること」と答えました。
あるメンバーは「常に学ぶ姿勢をもっていること」と答えました。

人によって定義が違うと
同じAさんという人でも、
ある人にとっては謙虚な人であり、
ある人にとっては謙虚でない人になります。

そうすると、いいか悪いかは別として人生生きていくうえでうまく生きていける定義とそうでない定義がある。
という解釈を私はしました。

面白いのは、謙虚の定義は幼い頃に
お母さんやお父さんから謙虚とはこういう定義だからな!
しっかり謙虚になれよ!とは言われていません。

人はなんとなく、言葉を理解し、なんとなく定義付けています。
どんな環境やプロセスで人は言葉を定義付けていくのでしょうか?

きっと交友関係や、趣味、価値観などその人の生き方が
言葉の定義を決めています。

「多くの人は目隠しした状態で言葉を使ってるみたいなもん」
と禅太郎さんは言っていました。

営業を「ものを売ること」と定義している人と、
「問題解決をすること」と定義している人では営業のやり方に明確な違いが生まれます。

日常的に使っている言葉の定義を疑うだけで多くの気付きが生まれます。
「友達」の定義は何か?
「家」とは何か?
「仕事」とは何か?
「つまらない」とはどんな状態なのか?

意図することが気付きに繋がり、成長に繋がります。
気づかないと成長できません。

「気遣いができる人は成長しやすい」とある人が言っていました。
私は気遣いが苦手です。

【気付く】ことのできる自分でいます。
以上です。

全てを意図する

「効果的かどうかは別として、意図を持て」

社長から言われた言葉です。

あなたは今日の服装にどんな意図がありますか?

私は「使う言葉」については
以前の私と比べると少しずつ意図して言葉を選択できるようになりました。

服装についても
振る舞いについても同じだ、と言われました。
(私は今まで服装に意図をもったことはありませんでした、着たいものを着ていたし、買う時も直感で買っていました)

今日会う人は誰で、どんな心象をもってほしいのか?
その疑問文を自らに問い、意図した服装、振る舞いをすること。

失敗はしてもいい。
意図しているかどうかが大切だ、
失敗したらそこから学べばいい、何も考えずに何も起きていないのが最も愚かだ。
という解釈を私はしました。

サービス業の方の笑顔はすべて意図されていると思います。
きっといつも楽しいわけではないし、気を抜くと笑顔は忘れてしまうくらいのものだと思います。

すごい会議を発明したユダヤ人のハワードは
「コミュニケーションには3つある。それは話す、聞く、黙る、だ。」
と言っていました。

黙るというコミュニケーションを私はほとんど意識したことがありませんでした。
何も言葉を発さなくても、「おれに話しかけるな」であったり「ものすごく気分がいい」というようなコミュニケーションを発している人を見かけます。
電車の中で人を観察していても明らかです。
あの人はこんな気分だなー。となんとなく推し量れる「黙る」というコミュニケーションを取っている人がいます。

メラビアンの法則は何も服装などの見た目だけではなく、
声のトーン
姿勢
話すスピード
目線
足の向き

あらゆるものが物語っています。

どれだけ「黙る」というコミュニケーションを私はできるのか?

無意識の意識化をして言動を変える機会が
すごい会議では非常に多いです。

会話の中で
視線が右に少しそれただけで
「今、目が右にそれたぞ」と、その場でフィードバックされます。

そんな文化の中で仕事していると人の癖について観察するようになりました。
ある会社で部長が15分スピーチをしている時に
「えー、」と言った回数を数えると63回でした。
15分の間に63回も「えー」と言っていたと伝えると
「マジ?おれ、そんなに言ってる!?」
とめちゃくちゃ驚いていました。

自分の効果的でない無意識にしている言動はなにか?

癖は人にどのように染み付いていくんですかね?
癖が形成された背景を考えることも面白そうだなと思いました。

おしまいです。

北海道合宿

こないだどすえメンバー全員で北海道に行ってきました!
場所を変えて会議をすると毎回効果的な解決策であったり、イノベーティブなアイデアが生まれます。

今回は1泊2日で行ったのですが
新規事業についての会議をしたり
採用の問題解決をしたり、
社内制度の問題解決をしたり、
2日間でいろんな物事を見直し、整理し、前に進めました。

とまぁ社内事情は置いておいて、
ほぼまる2日全員で過ごしたのですが、全員があるチャレンジをしました。
ある人は人を承認する量をいつもの3倍にする。
ある人はユーモアある発言をしてみんなを笑わす。
ある人は品格のある者としての振る舞い、発言をする。
というように各々がより素晴らしいビジネスマンになるためにチャレンジポイントを決めて取り組みました。

できていない時はその場でフィードバックし、
2日目の最後にはみんなで振り返りをして、それぞれどれくらい振る舞いを変えることができていたのかを採点します。

社長はよく「やるならオーバーレスポンドしろ」と言います。
やるならやるでおもいっきり振りきれ、ということです。

かくいう私は
「ビビったりしている時がある、いろんな経営者や目上の人に対して媚びへつらう感じがある。」ということを言われ、
チャレンジとしては
・ ダイナミックな振るまいと発言しかしないこと
・ 社長に対しても誰に対してもタメ口で話すこと
という2つのチャレンジを受けました。

いつもいろんなフィードバックを受け、自分の倍も生きている人にタメ口を使います。

「なに?」
「うん、そう。」
「どっちがいい?」
すっごい違和感です。カタコトになってしまったりしたら、「堂々としていない!」とフィードバックされます。

そして
敬語が出ちゃうんです。

どれだけ気をつけていても敬語が出たり、ぼそぼそとなったり、、

意識して言動を変えることがどれほど難しいかと実感しました。

「以後気をつけます」
「今後はここを意識していきます」
という発言はとてもじゃないけど信じられないなと思いました。

意識して変えることの難しさ、半端じゃ無いです。

面白いことに
一人一人のチャレンジポイントが全く違うと
自分がフィードバックされている分、人にフィードバックしたくなるので
人のチャレンジポイントについても考えます。

品格のある発言や振る舞いってなんだろう?
ユーモアあるってどんなこと話すのか?
おれだったらどうやって承認するかなぁ

といった具合です。

意識して振る舞いを変えることは難しいけれど
意識するといろんな気付きがあります。

自分がどこにアンテナを張って世界を捉えているのか?

全ての物事から学ぶことはできるし、
学びがないのは自分のアンテナが狭い範囲にしか立っていないからだということを改めて知りました。

無意識に使う言葉、意識的に使う言葉

「言葉はその人の在り方や考え方を表す」というものがすごい会議の1つの考えです。

すごい会議に入って私自身使う言葉が変わってきたので今回はすこしそれをシェアします。

◯約1年前にすごい会議に関わり始めて、
すごい会議全体で外部の人達も合わせて飲んでいた時に
「君若いねー!!」とある方から話しかけられました。
私はつい
「そうなんですよ。一番下っ端でして、、」
と答えると、斜め前に座っていた先輩が
「カズマ、‘下っ端’って言葉2度と使うな。他の言葉に言い換えるとしたらどんな表現が可能になる?」
と質問されて、
しばらく悩みながら、「んー、この中で1番伸びしろがあります」
と答えました。

「私1番下っ端なんです。って言ってる新人と私1番のびしろあります。って言ってる新人どっちが成功しそう?」
「後者です」
「だったら次からそう言って」

というようなやりとりがありました。
このように基本的に自分を下げるような表現は我々は一切しません。

◯「じゃぁ」という言葉も基本的に使われません。
「じゃあ僕やります。」「じゃぁ、こっちにしましょう」
「じゃぁ」とつけると自分の意志ではなく、人に言われたから、、
仕方ない、妥協するというニュアンスを感じます。
必ず自分の意志で主張しろ。というのが文化です。
「僕やります」「こっちにしましょう」こういったほうが私が言うには
はるかにパワフルです。

◯「〜させる」という表現も私はすごい会議に入ってほとんど使わなくなりました。
人は基本的に「何かをさせられたくない」生き物であるからです。
この仕事やらせる。→この仕事してもらう
意識づけさせる→意識づけが起こる
参加させる→参加する、参加してもらう

「させられている」モードだとエネルギーが下がります。

◯「悪い」「良くない」という言葉も一切使わなくなりました。
「〜がだめだよねー」
「成績の悪い店」
「こういうとこよくないよね」

というようなコミニケーションを取るよりも
「〜が成長のポイントだよ」
「〜がこういう風になったら最高だと思うよ」
「チャレンジするところは〜だ」
と言われたほうが私はやる気になります。

このように意図的に使うことをやめる言葉もあれば、
意図的に開発する言葉も面白いです。

私はもともと仕事を後回しにする癖があって、
「今やります」という言葉を意図的に使うことを8月コミットしていました。
何も考えず「今やります」ととりあえず言うんです。

言っちゃうと大変なんです。「あ、今やんなきゃ・・」ってなるからです。
ただ、仕事のスピードはそれまでと比べて格段に早くなりました。

カタカナ言葉を言ったら罰ゲームであるとか
先輩にタメ口使うゲームで敬語になる度に罰ゲーム
など言葉遊び(飲み会でもよくありますよね)がありますが
結構な頻度でみんなやらかします。
どれだけ人が無意識に言葉を発しているのかという気づきを得ました。

意図的に効果的な言葉を選択することで私はマインドが変わりました。

自己分析・自分創りのやり方

4月から採用担当として学生150人以上と面談してきましたが、ほんの1年前は私自身、1人の就活生として就職活動をしていました。

学生と面談をしたり、社会人の方とお話していると「よくそんな会社に入りましたね」と言われることが多いですが
実際は即決で意思決定したわけではなく、内定をもらってから3週間悩みに悩んだ上で意思決定しました。

何人かの学生に「どうやって就活の軸決めていたんですか?」と聞かれて自分のやっていたことをシェアする機会が多かったので、今回はどうやって自分の軸を固めたのかを書きます。

「もし自分が殺されそうになって、助かる方法を考えるのに1時間だけ与えられたとしたら、
最初の55分間は適切な問いを探すのに費やすだろう。」

最近知ったのですが、アインシュタインの言葉らしいです。(その真意は定かではありませんw)
私は学生時代、自分がなにをやりたいのか?を知るために質問を考えていました。
簡単には答えられない質問に答えることでより自分自身と向かい合うことができました。

・ あと5年しか生きられないとしたら何をするのか?
・ 幸せの定義は何か?
・ 「幸せ」と「楽しい」の違いは何か?
・ 「やりがい」と「生きがい」の違いは何か?
・ 10年後どんな仲間とどんな会話をしていたいか?
・ 憧れの人は誰で、どんなところに憧れているのか?
・ なんのプロフェッショナルになりたいのか?
・ ありたくない姿、生きたくない人生はどんな人生か?
・ 自分の人との違いは何か?
・ なんの制限もなかったら何をしたいのか?
・ まわりにどんな人と思われたいのか?
・ 失いたくないものは何か?
・ 何が自分を頑張らせるのか?
・ 許せないものは何か?

などです。
自分はどんな価値観や人生観を持っているのか?をいきなり考えるのは難しかったですが、そのヒントを探るための質問はいくらでも考えられました。
そしてその質問に向き合って答えていくと段々と自分がどんな人生を生きたいのかが見えてきました。

自分自身とどんな会話をするかで人生の質は変わる。

とある先輩が言っていました。
「なんで自分ってこんな仕事できないんだろう」
「つまらないなぁ」
「やりたいことなんもないなぁ」
「最悪だ」
と自分と会話している人と

「こんなことになったら最高だな」
「どうやって楽しもうかな」
「いい機会になったな」
「ここで気づけてよかった」
と自分と会話している人では

人との会話の内容も言動も全く変わってきそうな感じがします。

今の自分をより魅力的な自分にする自分自身との会話とはどんな内容か?