言葉に隠された意味

すごい会議の社員って何するの?とよく聞かれますが
端的に言うと「会議の司会進行」です。

つまり言葉が商品です。どのタイミングでどんな言葉を使うのかについて日々の会話でも考えるようになりました。
最近気づいた言葉に関する洞察を今回は書きます。

◯漢字編
僕の尊敬する植松努さんのブログで見たのですが「人の為」と書いて「偽」と書きます。自己満足や自分の幸せの伴わない慈善事業や貢献活動、社会活動ほど醜いものはないなと感じました。漢字の成り立ちってすごいなと。漢字作った人たちってどんな人なんだろうなと非常に興味が湧きました。

◯会話編
人と人が会話をしている時の
「難しい」「分からない」という言葉の威力を実感しています。
会話していて「難しい」「分からない」といった瞬間にその会話が収束に向かい、
何も前進しなくなることに気づきました。
おそらく自分の中で「難しい」「分からない」「無理」と思った瞬間に思考が停止するんだと思います。

最近は「難しい」「分からない」「無理」を自分の中で禁句にしています。(けっこう言いそうになるときがある)

◯英語編
会社を上げて全員で英語を勉強しているのですが、英語を勉強していても色々気づきがありました。
能動態と受動態についてです。
当たり前のことですが
能動態の動詞の主導権は自分にあり、受動態で使われる動詞の場合主導権は自分の外にあります。
例えば楽しむ(enjoy)苦しむ(suffer)愛する(love)などは能動態で使われます。たまに楽しくなかったり、苦しかったり、愛せないものがあると
あたかも原因を自分の外に求める時がありますが、あくまでも主導権は自分にあるわけで、「楽しい」や「苦しい」や「愛」を作っているものは自分に他なりません。
どうやったら楽しくなるか、どうやったら楽になるか、どうやったら愛せるのかを考え自分を変えられるのは自分だなと。楽しい環境や楽な環境を求めてもあまり意味が無いなと感じました。

対して受動態は自分以外に主導権があります。
I was born in Miyazaki.
生まれるか生まれないかは自分ではどうしようもできません。
I was impressed by the movie.
感動しよう!と思っても感動できないです。何かを見たり、聞いたり、体験するという外部要因によって感動が湧き上がってきます。
そんなことを考えていると喜びであったり驚きであったり、感動など受動態で使われる動詞こそが私の幸せを形作っているんじゃないかなと思いました。

自分の幸せは何かというちょっと哲学チックなことをたまに考えるのですが、
どんな時が楽しいのか は結局自分次第なのであまり価値のある問ではないのかなと思いました。
どんなときに喜びを感じるのか、どんなときにワクワクするのかという問のほうが本質的な幸せに近い気がしました。

言葉って面白いな!と今興味が最大限高まっているので
言語学などに関するオススメの本があればぜひ教えて下さい!

入社前@フィリピン

すごい会議どすえに4月から入社します。楽しみで仕方ありません。

先日代表の川井とミーティングを行い、自分の一年目の給料形態をプレゼンしました。以前のブログでも書きましたが給料は自分で決めます。
自分の給料はこれにしてください!と社長にプレゼンし、OKが出ればそれが給料になります。

自分はどれほどの価値を会社、そして社会に発揮するのかをまず考えようとしました。
そもそも会社が社会に提供している価値はなんなのか?
会社は自分に何を期待しているのか
そこから考えなければなりませんでした。

「なぜ会社に行くのですか?」と聞かれて
自分も含めて多くの新入社員の答えは「採用されたから」だと思います。
やりたいこと・志望動機はそれぞれあれど1年目から何ができるのか、
この会社で1年目の自分に求められているものはなんなのか
そんなことを考えるきっかけになりました。
研修や慣れない環境や生活に追われて当初の目的を見失うこともあるかもしれませんが、入社前にそれを自覚することができました。

さて、びっくりしたことに入社式はなんと海外です!
フィリピンに4日間いってきます!

なぜフィリピンか、
英語を勉強するためです。フィリピンにいる間日本語禁止です。移動中もご飯食べてる時も飲んでいる時もすべて英語で話さなければなりません。(途中である英語勉強会のときだけは日本語OK)

日本語話したらその瞬間に罰ゲームが待っているので、どうにかして先輩や社長をはめてやりたいなと考えている新入社員でした。

ちなみにどすえには研修はありません。
当然私は何もわかりません。当初はわからないことがわからない状態でした。
何も教えてくれないので自分で考えるしかありません。
考えたり行動していくとわからないことがわかってきました。

「僕どうしたらいいですか?」というような漠然とした質問には「知らん」と答えられます。
「クライアントに送るメールの文章を考えたので添削してください」とお願いするとどんな時でも時間をとって見てくれます。
一般的な研修だと 
この会社・社会人にはこんな知識や勉強が必要→まず研修で教えよう→学ぶ→実施 という流れを取ると思うのですが
どすえでは
なにも分からないまま、まずやる→困る→どう学ぶか考える→学ぶ→実施 という流れになります。

周りの新卒生よりも成長のスピードは遅いかもしれませんが、成長の継続性と成長の質に関しては負けたくないとひそかに燃えています。

毎日が100m走

私は予知能力を身につけました。

あなたが5分後に何をしているのかを当てます。

このブログを今読んでいる人の8割以上は5分後

スマホかパソコンを触っています(ドンッ!)

さて、冗談はさておき、

人間の初期設定は「惰性」「現状維持」なのではないかと思ったのでそれについて書きます。

見たいテレビ番組を見ていて、その番組が終わってもチャンネルを変えず次の番組も見たことはありませんか?
飲み会の途中で眠くなって帰りたいなと思ってもなんだかんだ最後までいたことはありませんか?
私はしょっちゅうです。

すごい会議の師匠である大橋禅太郎さんがこんな言葉を言っていました。

「やりたいことが見つかった時はそれが1番やりたいこと。何かをしている時は他にやりたいことがある」

明日朝走るぞ!と言っても翌朝には寝たい。本読みたい。洗濯物したい。となったことはありませんか?
私はしょっちゅうです。

人は寝る度に現状維持モード、惰性モードという初期設定に戻るんじゃないかと思います。
初期設定がデフォルトなのは考えたり新しい行動をするよりも圧倒的に楽だからです。

少なくとも私自身がそうです。
今の考え方ややり方を変えることには抵抗があるし、できればしたくないというのが私の根底に流れています。
あまり機能していないにも関わらず今のやり方を続けたり、気づいたら楽な方楽な方に自分は進んでいます。

すごい会議の主なクライアントは経営者で
私自身まだ社会人になっていませんが、多くの素晴らしい経営者の方たちとお話する機会が
最近あります。

経営者の方たちと話をしていて気づいたのですが
きっと世の中の社長も政治家も朝起きた時は「まだ寝たい」と思っていると思いますし、
初期設定が惰性というのは全人類に共通するものではないでしょうか。

ところが社会で活躍したりバイタリティ溢れる人たちはそれを自覚したうえで意図的に
自分の設定を変えていると感じます。

朝起きる時間を決めたり、
毎朝3キロ走っていたり、
行きつけの場所があったり、
初期設定を変える何か仕組みを作っているように見えました。

きっと毎日を100m走のように
しっかり準備して惰性モードから意図的に集中モードに切り替え
自分の行動で違いをつくらないと、突き抜けた成果や充実した人生は手に入らないんじゃないかなと
感じる入社前です。

何を得たいのか/何を失いたくないのか

南米旅行最後の国、アルゼンチンにいます。

クレジットカードのキャッシングができなくなってしまい、現金が圧倒的に足りなくなってしまう事件に遭遇した私は残りの現金80$を元手にカジノに行ってお金を増やすことにしました。

結果300$まで増やすことに成功しました。カジノはお金が増える場所なんですね!

とまぁ冗談はおいといて、私はずっとルーレットをしていたのですが、その横で欧米人のおじさまがずっと35とその周辺の数字に大金を賭け続けていました。

みるみるうちにそのおじさまのお金はなくなり私がいるだけで800$は軽く失くしていました。(富豪だからできることなのかもしれませんがw)

35という数字にどういう思い入れがあるのかは分かりませんが、おじさまの心理ではきっと「ここまで賭けてるんだから次は35がでるに違いない。次35が出たら悔しくてたまらない」となっていることでしょう。

実際35が当たっても投資したお金は当に取り戻せないくらいになっているにも関わらず。

コンコルドの誤りという埋没コストの事例があります。

「ある対象への金銭的・精神的・時間的投資をしつづけることが損失につながるとわかっているにもかかわらず、それまでの投資を惜しみ、投資をやめられない状態を指す」by wikipedia

おじさまを見ていて埋没コストの原理は日常生活に溢れているなぁと気づきました。

大学の友だちが「法学部に入ってこれだけ法律勉強しているし法律絡みの仕事つかないともったいないよなー」と言っていました。

ある先輩は「付き合ってもう4年たつし今更なんか別れられないんだよね」とこぼしていました。

私自身居酒屋でアルバイトをしていたときに、ここまでせっかく慣れてきたのにやめるのはもったいないと辞めたいにも関わらずなかなか言い出せない時期がありました。

もったいない精神や失いたくない精神は非常に大切ですが、長期的な損失を最大化するという視点にたてばまさに「埋没コスト」だと思います。

要は「何を得たいのか」という視点から「何を失いたくないか」という視点に変わってしまっているなら多少損害を被ってもやめたほうがいいなという気付きです。

そして今現在の私を振り返ると「プライド」を失いたくないという意識が強くあります。自分を過大評価しがちだし、自分の価値観が正解であるかのように振る舞うことがあります。

自分は何を得たいのか? この問いを大切にします。

 

 

旅での気づき

実はいまボリビアにいます。

卒業前の最後の旅行です。もともと僕は旅が好きで

大学の4年間東南アジアまわったり国内の島でしばらく過ごしたり

いろんな旅をしてきました。旅が好きな理由はいろんな気付きが得られるからです。

カンボジアの引っ越しは荷物を運ぶのではなく、家ごと運びます。

沼島という淡路島の横にある島では島全員が知り合いで島民同士での敬語という概念がありませんでした。

ボリビアでは選挙の3日前から飲酒禁止で選挙の日は仕事禁止です(おかげで今ホステルに引きこもっています)

また、自分自身の価値観やこだわりについてもいろんな気付きが得られます。なによりも自由を求めていること、気合いさえあれば意思疎通できることなどは旅で得られた自分の気付きです。

よく「インドに自分探しの旅に行く」みたいな言葉を聞きますが

あながち間違いではないと思います。

インドという日本とはあらゆるものが正反対の国に行くと

自分の中の「当たり前」が全て崩壊します。日本にいると刺激や変化が少ないので自分の当たり前であったり価値観には気づきにくいんじゃないかなと思います。

就活をしていても自分の強みはなにか?と聞かれてまったくピンときませんでした。多くの場合強みというのは無意識のうちにやっているものだったりします。(僕は自分に行動力があると思っていませんでしたが、周りの友人に言わせれば行動力がめちゃくちゃあるとのことでした)

 

この経験を転用可能な言葉に言い換えるとするならば、

要は当たり前を疑い、その中から気づきを得ることを普段の生活でできるように、常に学ぶ姿勢を忘れないこと(幼稚園生や極論ハエからでも学びはあるはず)

自分の慣れ親しんでいるコミニティを抜けだして違う世界に飛び込むと多くの気付きが得られること

かなと思います。

仲の良い友達といるのは楽ですが気付きはその分少ないんじゃないかなと改めて気付きました。

ブレイクスルーを起こすということ

あなたは一見不可能だと思えることを可能にした経験にはどんな経験がありますか?
すごい会議の成果発表会に参加した時
「ブレイクスルーとは【矛盾を矛盾なく克服すること】」だと学びました。
これはつまり、僕の解釈では「AだからB」であることを「AなのにB」に変えることをブレイクスルーだと受け取りました。
例えば「客単価をあげたから客数が落ちた」が「客単価あがったのに客数が増えた」の状態になることです。
そしてまた同時に「AなのにB」を実現させたブレイクスルー事例の共通項としてあるのが「Cを捨てる覚悟をもっていた」ということでした。
客単価も上げて客数も増やす施策をうつとき、それは客単価も客数も両方共落ちる可能性があるかもしれません。
ある会社では営業部の成績をあげるためにトップ営業マンが営業することをやめ、テレアポだけするという作戦を実行しました。
この場合営業部全体の成績が過去最低になるリスクをとっていると僕は思います。結果として営業部全体のレベルアップ、アポ率の上昇が達成され過去最高売上を記録しました。
要は一見不可能なことを可能にするとき、必ず大事なものを捨てる勇気、覚悟が必要不可欠なのだということを学びました。
みなさんのなかで「AだからB」という当たり前をぶっ壊したいとすれば何を捨てますか?

給料は自分で決める

面白法人カヤックがサイコロで給料が決まることは有名ですが
どすえでは給料は自己申告制です。
自分で社長に対して自分の給料額、給料形態をプレゼンし、
オッケーが出ればそれが給料です。
僕はお金というより経験に20代は投資すると決めていたので
給料のことは何も知らずに入社を決めたんですけど、
「給料ってどういう仕組みになっているんですか?」と聞くと「自分で決めて」と言われました。
率直に「まじかよw」と思いましたが
自分で決められるという状況にワクワクすると同時に
「僕にはいくらの価値を生み出せるのだろうか」
「僕が会社に、そしてお客様に提供できる価値ってなんなのだろう」
という思考が始まりました。
自分は何が人と違うのか
→それは人にどう役に立つのか
→それは人にどれくらい喜んでもらえるのか
→それはどれほどまで極められるのか
→それはいくらの価値があるのか
ということを日々考えつづけています。
 また、お客様からお金を頂いているという
当たり前のことですが、
払うお金以上の価値が無いとお金は払わないと思うので
先輩たちのお客様に対する真摯さ・真剣さに改めて気づくことができました。
どれほどのクライアントインパクトをもたらすことができるかという
顧客志向に立つ重要性を学んだので
この初心を忘れないようにしたいです。
 プレゼンが終わったらこのブログでまた報告させてもらいます。
楽しみにしていてくださいw

大きな約束小さな約束

すごい会議では「約束を尊重する」ということが徹底されています。
約束というのはクライアントとの契約などももちろんそうですが

飲み会の集合時間なども約束です。

ここで1つどすえの恐ろしさをお話します。
インターンを始めて間もないころでした。

会社の会議に1人の先輩が40秒遅刻してきました。
注:以下実際にあったやりとり

社長「集合時間何時だった?」
先輩T「9時です。」
社長「今何時?」
先輩T「9時40秒です」
社長「40秒遅れてきたことでこの場にどんな影響を与えた?」
先輩T「・・・みなさんを待たせてしまい、またこのような空気にしてしまいました、、」
社長「どうしたら次から遅刻しない?」
先輩T「えっと、、会議開始の30分前につくような電車に乗ります」

そうしたやり取りの後、先輩Tさんが2度と遅刻をしないために何をするのかを話し合い
社員全員の沖縄旅行での食費・宿泊費をすべてT先輩が払うことが決定しました。(これぞブラック)

40秒くらい全然いいやん‥と思いましたが
どすえでは「小さな約束を守れない人は大きな約束も守れない」
と言われています。

どんなに小さな約束でも破ることを許してしまうと
人は約束を破っても許される理由を考えてしまいます。

小学生の頃から遅刻常習犯だった僕は遅刻のリスクが怖すぎて
大学での友達との集合時間まで常々意識するようになりました。

また、よくよく考えると
約束した時点ではその約束の重要性は人によって大きく異なる可能性があります。

どんなにくだらない用事でも
もしかしたらクソ忙しい中で時間を作ってくれたのかもしれませんし
もしかしたら徹夜でウトウトしながらも来てくれたのかもしれません。
自分は大したことないと思っていても相手にとっては一世一代の用事かもしれません。

約束そのものに大きな約束、小さな約束なんてないなと思いました。

意外と
当たり前のことを当たり前にやれるだけでも社会で活躍・信頼できる人間になるのではないかと思います。

少なくとも僕は
まだ時間を守るなど当たり前のことを
守るのが難しいと感じる甘えがあります。

「当たり前に時間を守れる、どんな約束も守る」
まずはこれを徹底することを
この場を借りて誓って

今回は終わります^_^

では!

主張するということ

A解釈・判断・主張/B事実・データ

この2つのグループの違い、なんでしょう?

Aは人によって意見が変わり得るもので
Bは誰にも否定しようがなく1つしかないものです。
Aは未来をつくるもので、Bは過去を振り返るものです。

未来は主張することから創られると言われます。
そして会社では自由に主張することができる環境があります。
むしろ「主張しないものは去れ」って感じですw

ただ、主張することってけっこう躊躇うときがあるんですけど
どすえでは気持ちいくらいにそのためらいがないです。

というのも
発言すると必ず「いいね!」と言われたり「よっ!」などの反応があり、
決して否定はされることはないんです。

この前すごい会議全体の会議に参加した時のことなんですが
いろんな苦労を乗り越え第1戦で活躍している20人くらいの大先輩たちの前でも
堂々と自分の主張を躊躇なくすることができました。

非常にここちの良いコミニケーションが取れています。

自分自身
知らない間に後輩や友達の主張を真っ向から否定していたこともあること、
否定とまではいかなくても「それはない」オーラを放っていたことを
非常に反省する機会になりました。

「受け入れる」ことはしなくても
自分が相手だったらそう考えるかもしれない、
相手の中ではそれが最善と思っているのだと
一旦は「受け止める」コミニケーションをどんな人とでもしていきたいなと
気づきを得た時間でした。

なぜどすえは出勤が月2回しかないのか

どすえの出勤は月2回です。
出勤カードや出勤報告はありませんし、いつどこで働いても、
逆に言えばいつどこで休んでも自由です。

キャンパス内で鍋したり、全身タイツで授業受けられたり
京大に入ってその自由度の高さにびっくりしましたが

どすえの自由度の高さは驚きを遥かに通り越して思考停止しました。
そんな会社の体制って成り立つのわけがないと率直に感じたからです。

社長に思わず尋ねました。
「なんで月2回しか出勤しないんですか?」
社長には逆に質問されました
「出勤するメリットってなんだと思う?」

出勤のメリット…
そんなの考えたことありませんでしたが
・同僚や先輩後輩とのコミニケーションがとれる
・様々な情報や機材があるので働きやすいもしくは働ける環境がそろっている
・セキュリティがしっかりしているので機密情報などが安心して扱える
ことなどを思い浮かべました。

これらのメリットはなににとってのメリットなのか
会社がより大きな成果を出すためにほかなりません。
要は、会社がより大きな成果を出すためであれば
わざわざ決まった時間に出社して、規定の手続きを行い、会社で仕事をする必要はないわけです。

社員にとってエネルギー値が高い状態で仕事ができればいい
という考えには新鮮な気付きがありましたが、次なる疑問は
果たしてそんなことが可能なのか? ということです。

今のどすえのメンバーの働き方をみていると
会う時間は少ないにも関わらず
メンバー間の信頼関係をめちゃくちゃ感じます。

出勤やレポート、研修、タスクなど上からの管理がなくても
自ら躊躇なく行動し、学び、考える力があれば各自は成果を出してくれる
との考えのもとで
どすえは僕の知る限り日本一自由な会社です。

同時に自由には大きな責任が伴います。
なぜか→サボれるからです笑
管理されなければ当然起きそうな結果です。
ところがなぜこの経営が現状成立しているのか
僕が言うには全員が共有共感のある目標を持っており、同じ方向を向いて走っているからです。

社員を信頼しているからこそ管理しない
この制度はただの理想だと当初感じていましたが
今は本気で信じきっています。これからどんどん規模が大きくなりますが
この文化を残し続けたいですし
この経営が成り立つことを日本で証明したいです

いい感じに締められたので今回はこのへんで!
それでは!