断食のすゝめ

ついに断食4週間終わりました。

3月31日-4月27日までの4週間何も固形物を取っていません。
口にしたのは
水、酵素ドリンク、プロテイン、塩、味噌とかしたお湯、栄養剤の6種類です。

この4週間の成果です。

体重:65.2kg→54.8kg
体脂肪率:18.2%→9.2%
寝る時間:24-25時→22-24時
花粉症:完治(または時期が終わったか)
便秘:4ー5日に1回便が出る→毎日便が出る
売上:4月売上3月比5倍
乾燥肌が解消され、肌にツヤが出てきた。
肩こりが解消された。
日中の気だるさがなくなった。
朝起きた時の気だるさがなくなった。
目覚めばっちりに。

って感じです。

よく「なんで断食なんかしてるの?罰ゲーム?」
と聞かれます。
確かにどすえは色々とブラックですが、これは罰ゲームでも何でもありませんw

体質改善が目的です。
生まれた時から腸が弱かったので、それに伴って
花粉症や、便秘や低血圧やら色々と不便があったのでそれらを一気に解決しようかと思い
4週間の断食を決めました。

断食初日から会食でした。
お店に行って目の前で美味しそうなお肉やお魚がありますが、ひたすらにお水を飲んでいました。お水10杯くらい飲みました。

6日目くらいで1日中、目まいが止まりませんでした。
フラフラしながらも、なんとか仕事をやりきりました。
6日目過ぎるとそこからは比較的楽になりました。

ただ、4月は
福岡1回
宮崎2回
大阪2回
仙台1回
名古屋1回
と出張続きで、各地でいろんな美味しいご飯あるのに
何一つ食べられないという謎のMプレイを発揮しました。

心の底から世の中の飲食店全部潰れればいいのにと思いました。
人が食べているものは全て毒だと思うようにしました。

あぁ、可哀想に、あんなもの食べちゃって。。

そんな感じです。
(冷静に自分が可哀想ですね)

そして2週目くらいから、あらゆる欲がなくなってきました。
食欲はもちろん、睡眠欲から、性欲から物欲から、もうほんとうに悟りです。

「なぜ人は争うのだろう?」

そんな感じです。

とまぁ、「耐える」1ヶ月でしたが
冒頭に書いた通り、体調がだいぶ良くなりました。

また、1日の時間が余るんです!
あなたはこの1週間、食事関連に何時間使いましたか?

私は0です。
1日、ご飯食べるとこ探したり、考えたり、作ったり、食べたりでなんだかんだ3時間くらいかけているのではないでしょうか?
1日あたり3時間も空くわけです。

仕事捗る捗る。
本めっちゃ読みました。
普段、やったほうがいいと思っているのにやっていないこと色々できました。
毎朝4時半-5時半には勝手に目が覚めました。

そして、何より!
何も食べていないのに!
毎日便が出るんです!
宿便っていうやつです。

人間の腸は7-9mあり、第2の脳とまで言われています。
その所以は、幸福を感じさせるセロトニンや、
やる気の源であるドーパミンの95%は腸で作られるからです。
脳の働きについてはいろんな本読んで勉強していましたが、腸に関しては全くの無知でした。

そもそも人間の生命活動は酵素の働きに支えられています。
酵素の機能は消化機能と代謝機能の2つです。
そして、この2つの機能はシーソーのような関係で両立はせず、どちらかしか働かない仕組みになっているようです。
そして想像している以上に、人は消化にパワーを使っているようです。
定期的にものを食べ続けていると消化機能が休む暇がありません。
従って代謝機能自体がおろそかになりがちな場合があるようです。

しかも!
消化機能を使ってもなかなか消化しづらいものもあり、
そういったものは消化されずに、腸の壁にへばりつくようです。
腸の温度ってご存知ですか?
42度あるみたいです。
そんな熱かったら、消化されないものが腐って体の中に残り続けるわけです。
おーこわ。

んで、断食中は消化機能使わないので
全身の代謝がフル稼働です。
こびりついているものなどが出るから何も食べていないのに便が出続けるようです。

3週間目とかでも、綺麗な固形の便が出るので
感動して思わず携帯で写真撮りました。
感動の共有を。と、友達に送ろうとして寸前で止まりました。

ご希望の方には
大量のうんちの写真差し上げますので
遠慮なくおっしゃってください。

断食最高です。
食への感謝がすごく高まるし、
1日が長くなって時間を有効活用できるし、
自分と向き合う時間が長くなるので自分探しの旅に出るくらいなら
自分探しの断食のほうがいいです。
集中力は高まるし、身体は軽くなるし、お金は使わなくなるし。
いいことしかないですね!

どうです?
断食してみたくなりませんか?

ちなみに僕はもうやらないです。

私は誰か?
という質問を最近よく自分にしています。

安心してください、
3週間何も食べてなくてよく目眩がしますが、記憶は健在です。

英語で言うと
Who am I ?
です。

以前、催眠術師の人と話をしていて
「人はみんな自己催眠をかけている。」
ということをどこかのブログで書きましたが

私は誰か?
というのがまさに自己催眠です。

私は真面目だ。
私は不器用だ。
私は一途だ。
私は変人だ。
私は友達想いだ。
私は努力型だ。

など、
私はどういう人か?
というものをおそらくほとんどの人が持っています。

自分で自分に言い聞かせているものもあれば
人から言われて、そうなのかもなみたいなものもあると思います。

そして、これらは自己催眠です。

私は幸せだ!
と言うと幸せになるし、

私は運が悪い!と言うと
運が悪くなります。

そこについての考察を書きます。

私は誰か?
という文は
英語で言うと
Be動詞を使います。

Beingというあり方の領域です。
どうあるか?
どういるか?
そんな日本語で

意味は
私=◯◯
って感じです。

私は紳士です。って言うと
私=紳士ってことです。

動詞には
Be動詞以外にDo動詞というものがあります。

大量にあります。
食べる
泣く
走る
取る
立つ
などいろんな言動がDo動詞です。

そして
人は何かを話したり行動して成果をつくるわけですが、
「言動」という日本語は
Behaveと訳されます。

ここ!!
これすごくないですか!?

Beがhaveしているものが言動なんです。

つまり、
あり方が全ての言動を決定づけるということです。

私は紳士だ。と言っている人は
話し方、立ち振る舞い、行動、生活習慣、仕事の仕方などあらゆることが紳士としての言動になります。

私は自信がないんです。
と言っている人は
話し方、立ち振る舞い、行動、生活習慣、仕事の仕方などあらゆることが自信がない言動になります。

最近いろんな自分のあり方を決めています。

私はプロだ。
私は可愛げのある後輩だ。
私はコーチだ。
私はマザーテレサだ。
私はエネルギーだ。
私はニュースだ。

その度に新しい行動が生まれます。
おれはエネルギーだし、もっとこうしようかな?
というのがポンポン出てくるわけです。

あり方が言動の全てを支配していると言っても過言ではないのでは?
と思っています。

あなたは
自分=◯◯

意識的にしろ無意識にしろ
どんな自己催眠をかけていますか?

役者のようにいろいろあり方を変えてみると毎日刺激的になるかもしれません笑

Think vs feel

すごい会議では
思考と感情を区別して扱っているのですが
今回はこの2つについてブログ書きます。

まず思考と感情は何が違うのか?ということについてですが

1つの大きな違いがあるとすると
思考は自分でコントロールできます。
感情は自分でコントロールできません。

感情というと例えば
ワクワク、イライラ、喜び、怒り、愛などです。
感情はフッと勝手に沸き起こります。

沸き起こった後に思考の力で押さえ込んだり、はたまた爆発させたりすることはある程度コントローラブルですが、
感情の発生自体は止められません。

感情は僕の管轄外です。

対して、思考はコントロールできます。
思考の癖みたいなものはありますが、トレーニングによって
どんな思考をするか?はある程度鍛えられたり方向付けできます。

以下、この違いから僕が思ったことを自由に偉そうに書いていきます。
(ほんとうに自由に書いています。都合のいいように自分で仮定を置いているのでその辺許してくださいw)

感情の発生は自分でコントロールできないとします。
ワクワクするときは気づいたらわくわくしているし、
イライラするときも気づいたらイライラしています。

だとすると、感情の分析こそ究極の自己分析です。
だって、思考はコントロールできます。コントロールできるということは、
後付けでどうにでも変更できるということです。

例えば、就活で言う人生の軸・会社選びの軸なんてものは思考の領域です。
もしかしたら自分に嘘をついているかもしれません。
理由を探すのは人はみんな得意です。

私は途上国を救いたい。と結論を先に出したとします。
なんで?と聞くと、自分の知識や経験から途上国を救いたい理由をいくらでも作り出せます。
だってコントロールできるからです。

そうすると、下手したらその道に突き進んだ上で
「あれ、おれのやりたいことってこんなことじゃないかもしれない、、」
が起きる可能性があります。

対して、感情を作り出すことはできません。
自分の管轄外のものなので。

そうすると感情こそが真の自分と言えるのかもしれません。
自分の感情の起伏を分析し、
正の感情のトリガーは何なのか?
負の感情のトリガーは何なのか?
の法則を見つけることができれば
真の自分に一気に近づける気がします。

さて、続いて思考について思うことですが

思考はコントロールできるものの
思考の癖があります。

成果を出すのは思考が源であるとすると、
どのように効果的な思考を意図できるか?
もしくは思考の癖そのものを効果的なものにするにはどうすればいいか?

についてですが、僕は
思考=脳の使い方と仮定してみました。

脳みそさえうまく自分で扱うことができれば人生勝ちだなって思いました。

脳みその特性を調べました。
いくつもなるほど!と思ったものがあったのですが
中でも僕の中で使おう!と思ったことを紹介します。

”人の集中力は自己報酬神経を刺激することで高めることができる”

僕は集中力が欲しいです。
ワンピースやキングダムの漫画を僕は何も飲み食いせず一気読みしました。
人に話しかけられても気付かないくらい集中していました。
あの集中力を勉強や仕事にも活かしたい。

そんなことを思っていた時に
集中力を握るのは自己報酬神経ということを知りました。
・脳みそは「面白い」と思うと集中力が高まる
・失敗するかも、うまくいかなかったらどうしよう?とリスクを考え出すと集中力が下がる
・否定語は集中力を下げる
・集中力にはある程度の緊張感が必要
・安全策は気が緩むを引き起こし、集中力を下げる

集中力をコントロールする術を身につけられます。
(参考図書;脳が認める最強の集中力)

成果を上げ、面白い人生を生きるために
自分をもっと突き詰める必要性をより強く最近感じています。

問い

僕が今やっている仕事は
十数人のスタートアップから何百人の上場企業までのあらゆるクライアント先で
興奮や希望が生まれる場をつくることです。

チームの中で興奮と希望が生まれれば成果は勝手についてくると信じています。

具体的には
経営チームの目標設定や、問題解決のコーチングや
中間管理職のマネジメント力をどう伸ばしていくかのトレーニング
新卒の人たちが被害者にならずに物事を自ら前進させる思考を身につけるコンサルティングをしたりしています。

僕がこの仕事をして良かったなと思えることの1つが
自分のことを大事にできるようになったことです。

すごい会議というノウハウを使っているのですが
ノウハウだけであれば別に自分でなくてもいいし、極論本で事足ります。
そこに加えて「自分」という商品を自覚し、付加価値を提供していきます。

自分が商品なので
自分の価値を上げるしか成果をあげる道はありません。

自分が商品なので値段も自分で決めます。
自分の単価を上げていったり、クライアントが成果を出して喜んでもらえたり、
リピートが起きるためには
自分の価値を上げ続けるしかないわけです。

ある意味で、成長しないことは
価値発揮できないことなので
成長しないことが恐怖でもあります。

すごい会議に入門して丸2年が経ちましたが、
2年間ずっと考え続けていた問いの1つが
「どうやったら自分のパフォーマンスが最大化するか?」です。

何が向いていて、何が向いていないのか?
何が得意で何が不得意なのか?
何にエネルギーが上がるのか?
パフォーマンスを下げるものはなんなのか?
パフォーマンスあげるものはなんなのか?
いつ仕事するのが効果的なのか?
睡眠の質を深めるためにはどうしたらいいのか?
どうやったら日々の意思決定の質を高められるか?

などについて
色んな本を読んだり、動画を見たり、人に聞いたり、勉強会に参加したりして
自分なりに突き詰めてきました。

きっとこれは自分が商品という環境であったからこそ
できたことだと思います。

売る商品が別にあるビジネスであれば
おそらくは
どうやったらこの商品が売れるか?
お客様に貢献できているのか?
商品をよりよくするためにはどうしたらいいか?
などベクトルが今ほど自分のパフォーマンスには向いていなかったと思います。

抽象化すると
どのビジネスでも立てる問いは似通ってくるのかもしれませんが
社会人数年における
自らへ立てる問いというものは

ビジネスモデルや
会社の社風によって大きく影響されるんじゃないかと思いました。

こんなことを考えていて、
ふと思ったことが

就職活動、転職活動、キャリアを考える時などはよく

「自分はどうなりたいんだろう?」
「自分は何がしたいんだろう?」

みたいな問いをつくりますが、

いっそのこと

「自分はどんな問いを考え続けたいか?」
「どんな問いに向き合いたいか?」

を考えることも非常に有益なんじゃないかなと思いました。
答えを出すように教育されているのが日本の教育だと思いますが、
問いを立てることには慣れていないです。

なので、向き合いたい「問い」を考えることは
今までの視点や視座を変えたり、大きな気付きのきっかけになるのではないかなと考えました。

ちなみにここ最近僕が解きたい問いは

「全ての人の100ある能力を100発揮させるためにはどうしたらいいのか?」

です。
これは、あらゆる人にそれぞれの強みや独自性があって、
本来大きな可能性が眠っていると仮定しています。

ただ、自分との会話が効果的でなかったり、周りに可能性を潰されたり、
自分との付き合い方がうまく見いだせていなかったりすると
100ある能力が50しか発揮されていない、なんてことも起こりえるんじゃないか?と思うんです。

超勿体無いです。

この問いを解くために
コーチングを生業にしているし、自分のパフォーマンスを上げることに色んな投資をしているし、いろんな人と会ったりしています。

まだまだ答えが見えていないので、何かヒント持ってたら是非とも教えてくださいw

いろんな人に聞いてみたいです。

あなたが解きたい”問い”は何ですか?

Look who’s talking

「人に何かを教えることはできない。人が自分で気づくように手助けすることはできる。」(ガリレオ・ガリレイ)

「夢を口にするのであれば、じゃぁそのために昨日何をしたんですか?って自分に問い続けられないとダメだ。」(家入一真)

「人はなりたい自分ではなく、自分が考えている自分になる。」(ルー・タイス)

「準備とは言い訳を排除することだ。」(イチロー)

私がずっと頭に残っている名言の一部です。
言葉にはその人の思考が表象されています。
私はいろんな人の記事や話を聞くことが大好きです。

自分にはない考えや価値観に触れ、視野を広げることができて、今まで見えていなかった世界が見えるからです。

ただ、誰が言うのか?が非常に重要です。
例えば、

「夢を口にするのであれば、じゃぁそのために昨日何をしたんですか?って自分に問い続けられないとダメだ。」(38歳・無職)

とかなってしまうと途端に説得力が変わってきちゃいます。

ピータドラッガーは、マネージャーの定義の中で

「真摯さはごまかせない。特に部下は、上司が真摯であるかどうかは数週間でわかる。無能、無知、頼りなさ、態度の悪さには寛大になれる。だが真摯さの欠如は許さない。知識がさしてなく、仕事ぶりもお粗末であって判断力や行動力が欠如しても、マネジメントの人間として無害なことがある。しかし、いかに知識があり、聡明であって、上手に仕事をこなしても、真摯さに欠ける者は組織を(そして最も重要な資源である人を)破壊する。」

と言っています。

私もたまに
「お前に言われたくねえよ」と思う時があります。

その人の言っていることとやっていることの整合性があるか?

が発言力に繋がってくるなぁと思いました。

太った人からダイエット食品買いたくないですし、
売れていない営業マンに営業のアドバイスされるのもなんか嫌です。

ときたま言われる
言葉に重みがあるかどうか?
というのも、この一貫性が関わっているんじゃないかなと思います。

そしてこの一貫性というものは
その人の一挙手一投足全てが判断の対象となります。

仕事上の関係であったとしても
挨拶の仕方や
ご飯の食べ方や
恋愛の仕方など

一見関係なさそうなものも判断材料になり得ます。

仕事ができるかできないかというよりも
その人が何を大事にして生きているか?
が「その人に着いていきたいと思えるかどうか?」に大きな要因になるのではないかと。

何を言うか?
よりも
誰が言うか?
が周りへのインパクトの影響度は高い気がします。

言葉に重みのある人間であります。
そのためにはたくさんの経験と知恵を持つことが必須です。
言葉で仕事をしているので、言葉に全身全霊をかけることが僕のやることです。

失敗なんて気にするな、なんて失敗してない人に言われても何も響きません。

言葉に重みを持たせる3年目にします。

仕事や自分とうまく付き合う

2年間1日も休まず働いた僕が新入社員に伝えたいこと

4月から新年度です。
僕はいよいよ社会人3年目になります。

社会人2年目は
ジャズに挑戦したり、
アイアンマン完走したり、
世界一暑い国にダウンジャケット売りに行ったり、
家族をカンボジアに連れて行ったり、
仕事でも結果を出して、
年収も1年目の倍になりました。

先日ある人が
「人生の豊かさは思い出の数で決まる」と言っていたのですが、
その点でいうとたくさんの思い出ができた1年間でした。

採用活動も同時にやっていたので
この1年間はたくさんの18卒の学生と話してきました。

同年代の中には
上司とウマが合わなくて鬱になったり
「仕事行きたくない」という人も何人かいます。モッタイナイ!

そんな体験を経て、
今回は新入社員に伝えたいことをまとめました。

多くの場合、新卒が仕事で成果を出すには?という観点で記事が書かれていますが
僕の場合仕事をより楽しんで、仕事とうまく付き合うには?という観点で書きます。

○モチベーションとの付き合い方について

モチベーションを上げる/モチベーションが上がる

この2つは違います。
僕の場合、
モチベーションを上げるのは
人と競争をすることや
人に対して宣言して引けない状況を作ることなどです。

モチベーションが上がるのは
どすえの代表と会話することや、結果を出している二十代の人の記事を見ることなどです。

モチベーションを上げることは
“押し上げる”ことです。
モチベーションが上がることは
“引っ張られる”ことです。

モチベーションを上げる、よりも、モチベーションが上がる、方がパワーを使わないのでヘルシーです。

僕がいうには、モチベーションを上げてばかりだといつか潰れます。
無理やり押し上げている部分があるのでいつか無理がきます。
責任感が強かったり、真面目な人ほど、
モチベーション上げて頑張らなきゃ!となりがちな気がします。

モチベーションが勝手に上がるには何がいるのか?どんな状況が必要なのか?を自分で知っておくと
精神的な健康状態がかなり楽になると思います。

もちろんモチベーションを上げることもかなり効果的なので、両方うまく扱えるようになると最強です。

○自分に興味を持つこと

仕事をしているといろんなことが起きます。
うまくいかないこと、
怒られること、
人に迷惑をかけること、
クレームを起こすこと、、

そんな中で自分といろんな会話をします。
「なんで、おれこんなに仕事できないんだろう?」
「また迷惑かけちゃった、、どうしよう、、」
「どうしてこんなに要領悪いんだろう」

僕はずっとこういう会話を自分としていました。
そうするとなにが起きるかというと、
自己肯定感がジェットコースターかのごとく急降下します。

おれ、ダメだなぁ。。

となります。人と比べ始めます。
あの人はあんなに仕事できるのに、、
となります。

そんな状態だったのですが、
ある時先輩から
「もっと自分に興味もて!」と言われました。

そこから人生が変わりました。

なにが変わったかというと
自分を評価する→自分に興味をもつ
に変わりました。

これは文脈の違いです。

①なんでこんなことしたのかな?(評価)
②なんでこんなことしたのかな?(興味)

評価という文脈で自分と会話するのか、
興味という文脈で自分と会話するのか、
の違いです。

①だと評価なので比較が始まります。そして自己否定が始まります。これがエスカレートすると、自信をなくし、鬱になったりする気がします。

②だと、自分のことを知ることができます。
不思議だなぁ、面白いなぁっていう感情が起きます。興味を持ち続けると発見が起きます。
「なるほど!自分ってこういう人間なんだ!」
に着地します。そうすると、
だったらもっとこうしよう!と未来に視点がいくんです。

ものすごく生産的なんです!
自分に興味をもつことを覚えてから
僕の自己肯定感は高いままですし、自分の特性にたくさん気付くことができましたし、
自分の活かし方が洗練されてきています。
得意なこと、苦手なこと、好きなこと、嫌いなことがどんどん分かるようになりました。

だから是非、
自分を評価せずに、自分に興味を持って欲しいです。

5つくらい伝えたいことがあるのですが、
気づいたらすごく長い文章になっていたので
今回は2つで終わります笑

とにかくなにが言いたいかと言うと
新入社員の皆さん
入社おめでとうございます。

就職活動に思うこと

「就活は恋愛だ!」
なんてよく言ったりしますが

共通点を自分なりに考えてみました。

共通点1;結局はフィーリングなところ
大企業/ベンチャーという二項対立があったり肉食系/草食系という二項対立があったりしますが、条件にどれだけマッチしていてもピンとこないことがありますし、
逆に条件とは全然違う場合でも、なぜか惹かれてしまう場合があります。

結婚相談所では条件が細かい人ほど結婚できないみたいです。
ということは就活でも条件はそんなに細かくしないほうがいいかもしれません。

共通点2;両思いでなければ関係性を深められない
関係性を深めるというのは、恋愛でいうと付き合うこと、就活でいうと入社ですが
片思いでは何も起きません。お互いに選び合うことが求められます。

お互いを知り合わないと関係性が発展しにくいです。

共通点3;思っていたのと違った
カップルが別れる理由ランキングをネットで調べてみました。
1位:相手が浮気していた
2位:欠点が我慢できなくなってしまった
3位:連絡したり会う頻度の価値観が違った
みたいでした。
対して新卒が会社を辞める理由は主に4つみたいです。
1:仕事が自分に合わない
2:人間関係
3:賃金
4:労働環境

よく恋愛で、
好きになった理由は説明できないけど、別れる理由は明確に言える。なんていいますが
就活もそうかもしれません。
人で選んだ、理念に共感して、、など入社理由はふわっとしていますが
離職理由はおそらく個別具体的です。

恋愛も就活も自分が妥協できるところと妥協できないところの区別と、その合意形成ができているといいかもしれません。

とまぁ3つくらい共通点書いてみましたが飽きてきたので
違うこと書きます。

一応私も会社の採用みたいなことをやっていまして
学生向けにイベントしたり、面談したりしていて話す機会があるのですが
個人的に違和感抱くことがあるのでここに「超個人的」なツッコミを入れていきます。
(超個人的なので批判や意見等あればぜひ言ってください。僕自身思考を深めたいです。)

◯「僕の就活の軸は3つあって、1つ目は人で、2つ目は成長環境で、3つ目は、、、」
軸が3つあったら選べないと思います。
恋愛に例えるなら、
おっぱいはCカップ以上が良くて、身長は160cm以下がよくて、料理がうまい人がいい。って言っているようなもんです。

こういうことを言っていると、
おっぱいはAちゃんがいいんだけど、身長でいうとBちゃんがいいし、料理でいうとCちゃんがいいんだよねーみたいなことが起き兼ねません。
これだと企業も選べません。
私がいうにはそんなのは軸ではなくて、条件とか判断材料の一部です。
軸っていうのはもっと抽象的で人生の判断基準みたいなもんなんじゃないかなとかってに感じています。

軸があることによってA社とB社で悩んだ時にその軸を考えただけでどっちの会社がいいのか判断できるものです。
例えば、「5年後に経営者になりたいから経営と営業の実践を通して学べるところがいい」みたいなものが軸だとすると、
どちらが経営と営業を学ぶのに効果的なのか?という基準で会社を比較検討できるようになります。
もしそれで意思決定できなければ軸をもっとバージョンアップすればいいと思います。

◯「ピンとくる会社がない」
これは「出会いがない」と言っているのと僕の中では同じです。
出会いなんてそこら中にあるんです。
会社なんて腐るほどあるんです。
ただ、ピンとくる会社(人)がいないとのこと。

こういうパターンになると考えられるのは
①理想が高すぎる
②何にピンとくるのか自分でも分かっていない
のどちらかなんじゃないかなと思います。

①の場合は、完璧な人間がこの世にいないように完璧な会社なんてこの世にないので
何に妥協できて、何は譲れない部分なのかを明確にしたほうが(自分なりの)いい会社に出会いやすいです。

②とりあえず自分の興味が少しでもありそうな会社でインターンするのがいいと思います。
(ここでいうインターンは1dayとか1週間ではなく少なくとも3ヶ月以上がっつり社員のように働くインターン)
果物食べたことない人に、好きな果物は何?と聞いても答えられるわけがありません。(だって分からないんだもん)
働いたことない場合、どんなとこで働きたい?と聞いても本質的な答えだとは限りません。

実際に動いて働いてみると、
こういうこと楽しいな!とか
これには我慢できないな。とか
もっとこういう環境がいいな。とか
色々気づくことがあるんじゃないかなと思います。
それを踏まえると色々とピンとくるセンサーの精度が上がってくるのではないかと。

◯「とにかく市場価値高めたい」
僕の中でこれは「とにかくモテたい」ってことです。
「モテる」には個人的に区別がありまして
同性からモテるかモテないか、異性からモテるかモテないかという区別です。

異性からモテるけど、同性からはモテない人もいますし、
同性からもモテるけど、異性からモテない人もいますし
同性からも異性からモテる人もいます。

就活でいうと市場価値を高めたいと一口に言っても
あらゆる業種・人・市場からの価値なのか
特定の市場における価値なのか
市場価値ってなんの価値なの?というところを突き詰めておかないと
いろんな会社が「裁量権があって成長できます!」と唄っているので
あとで後悔しかねません。

どんな会社に入っても成長する人は成長するし、成長しない人は成長しないので
どう成長していきたいか?を明確にしておいたほうが
望む人生が手に入りやすいんじゃないかなと思います。

僕はすごい会議どすえというドベンチャーというか、
会社なのかさえ微妙な(出勤もないし、固定給もないため)ところにはいりましたが
別に学生はベンチャーに就職すべきだ!とは思っていませんし、

大企業の環境や福利厚生や事業規模が羨ましいと感じることが度々あります。

接する学生に僕が提供したいことは
「早く働きたい!」と言える状態になることです。

社会人になるの嫌だ、、
働きたくない、、
って言われると悲しくなります。

僕は仕事すっごい大好きなので、よけいにモッタイナイ!と思っちゃいます。

仕事が全てじゃありませんし、人によってベストは異なりますが、
それぞれの人の人生にとって後悔なく納得感のある意思決定をして
毎日を楽しむ人でこの世が溢れたらなと思います。

目的の影響力

大学生が春休みだからか
最近駅前で募金活動をしている(たぶん)大学生を多く見かけます。

その内容は
熊本の震災支援から
貧困国に学校を建てるとか
家を作るとか
捨て犬の支援など
様々です。

そして何名でやっているか
どのように声かけをしているのか
も団体によってすごく特徴が様々で面白いです。

実は僕も大学時代は
お金集めてカンボジアに小学校を2校建設しました。

ただ、募金活動というものは一切していませんでした。
ある期日以内に学校を建てることがゴールだったので
効率よくお金を稼ぐことにフォーカスしていたからです。

お金を集めることがゴールですから
募金している時間があったらバイトしたほうが早いです。
(僕はイベントや旅行事業、就活イベントで建設資金を稼いでました)

そうすると、
募金活動をしている大学生の目的は何なのでしょうか?

前述の通り、お金をただ集めたいだけであればバイトでもしたほうが早いですし
何か事業をやってお金をがっつり稼いだほうがいいです。

お金以外の目的があるということになります。

考えられることは
問題意識を社会に共有する
という目的が1つあります。

お金が集まったかどうかに関わらず、駅前で募金活動をするといろんな人の目に触れて、
何人かの人とは実際に会話ができます。
問題意識を社会に告知するPR活動のような側面に対しての手段としての募金活動だとすると合点がいきます。

そうすると、
募金活動時の
「募金お願いしまーす!」みたいな言葉はおかしいです。

問題意識が全然伝わってきません。
「ある国では〜ということが起きています」みたいな言い方をしたほうがいいです。
募金活動をしていることくらい一目で分かります。

一方
中には男女5人組くらいで
いろんなポーズを決めつつ声を揃えて叫んでいる団体がありました。

これは社会問題の共有でもお金を稼ぐことでもなく、
仲間として絆を深める、思い出を共有するための経験を目的としているように見えます。
10年経って思い出話ができそうです。

募金活動の目的とは何か?
を突き詰めると
その目的によって募金活動のやり方や声のかけ方が変わります。

仕事も同じで
目的を少し変えただけで言動が大きく変わることがあります。

最初、
営業とはモノやサービスを売ることだ、と思っていましたが、全然うまくいきませんでした。
あるとき、僕がお客側だったら売られたくないことに気づきました。

ただ、人は物やサービスを買うことが好きなはずです。
買い物嫌いな人なんてあまり聞いたことがありません。
ただ、売りつけられるのが嫌いなだけです。

そして、営業とは問題解決だ。と目的を変えました。
目の前にいる人の問題を解決する場であると。
そうすると営業の中身がまるで変わりました。

最近、
営業とは、
ビジョンを共に描き、衝動が起きる場。
と置くようになりました。
これまた、営業の中身が大きく変わりました。

目的があらゆる言動を支配しているようで面白いです。

Get

「学ぶことがなくなったので、転職します」

と聞くことがあります。

僕はこの言葉を聞くとイラッとします。

学ぶことがない環境などないと信じているからです。
(自分の価値観と異なる考えに苛立ちを覚える時点で未熟ですがw)

どすえ内で頻発される質問のベスト3に入る質問の中に

「何を得たか?」

という質問があります。

海外に行った。
イベントに行った。
何かトラブルが起きた。
成果が出た。
遊びに行った。
友達と飲んだ。

どんなことでも、
「何を得たの?」

と聞かれる文化がどすえにはあります。

この「何を得たか?」という問いの価値がすごいんです。

例えば、
漫画を5時間読んだり、YouTube2時間見続けた。
テレビを気づいたら3時間見続けていた。

一見するとただの浪費です。
無駄な時間。
勿体無い時間。

ですが、
ここで一言
「この時間で何を得たか?」

と自分に聞きます。

もしかしたら
明日会社で使えるギャグネタを手に入れた、かもしれないし
集中するとこんなに時間が早く過ぎる、普段仕事に集中できていないと気づけた、ことかもしれないし
〜というテレビに没頭してしまうのは自分が◯◯という価値観を大切にしているからかもしれない、という新たな自己の発見かもしれません。

一言、
「何を得たか?」と聞くだけで
浪費が投資に変わります。

どんな時でも
「何を得たか?」これさえ聞き続けていれば一生成長し続けます。

同じセミナーを複数人が受けても
何を得たか?のその内容によってその後の成果はまるで変わるはずです。

半年くらい前に
ある有名経営者の講演を聞きに行った時に
先輩から「何を得た?」といつものごとく聞かれました。

「やっぱり目標って大事だなって思いました。」

と僕がいうと
先輩に

「お前、それは何も得てないぞ。」

と言われました。

さて、これはどういうことでしょう?

「何を得たか?」
英語で言うと
”what did you get?” みたいな感じでしょうか。

Getの語源を調べると

「ある状態に達すること」とありました。

今までなかったものが手に入ることみたいなニュアンスがあります。
そうすると、

今回の講演会の例でいうと

講演会を聞く前と聞く後で明らかな違いが生まれていないと
何も得ていないことになります。

「目標はやっぱり大事だなぁ」なんてことは講演会に出る前も聞いたことがあったし、なんなら自分でも言っていたことでした。

そうすると講演会聞く前と聞いた後とでは何も変化が生まれていません。

これは得ていません。
だって状態の変化が起きていないからです。

そうすると本当に得たものとして
今考えてみると

・目標が大事だと知りつつそのことを全く実践できていなかった
・目標を24時間意図することが大切であり、そのための仕組み作りが効果的である
・目標が大事なことはみんな知っているがそれをうまく扱えている人はほんの一握りである

みたいなことを得ているんだろうなと思います。

上の3つのようなことであれば
確かに講演会を聞く前と聞いた後で違いが生まれそうです。

講演会前の状態から、”別の状態”に達しています。

経営者の多くは仕事以外の趣味が多様です。
スポーツや芸術や文化活動や。

そして確実にそこから「何か」を得ています。
(これは経営者に限ったことではなく、
芸術家の人や学校の先生や、スポーツ選手であっても
自分の専門分野以外のものから何かを得て、
それを活用する能力が非常に高く僕には見えています。)

素晴らしい場があるわけではなく、
素晴らしい場にしようとする意図があるかどうか、なのだなぁと感じます。

ブログを読んでくださってありがとうございます。

一応聞いておきます。

「何を得ましたか?」

差異

区別

あなたはうんちとうんこの違いを知っていますか?

私は知りません。

は?

と思ったあなた。
ごめんなさい。調べてくださいw

ここで何が言いたいかというと
「うんち」と「うんこ」は似ているようで別物である。ということです。

このような
「似ているようで別物である」ものは世の中にたくさんあります。

恋/愛
謙虚/謙遜
デブ/ぽっちゃり

といった「言葉」に関する区別もあれば

ポジティブ/ネガティブ
ありふれたものを当たり前と思う/ありふれたものに感謝する
問題があったときに仕方がないと思う/問題があったときにどう解決するかを考える

など「考え方」に関する区別もあります。

私は陸上を小学校から高校までやっていて大学時代も100kmマラソンに出ていましたし、
今はトライアスロンをやっていてずっと走り続けてきました。

私は「走ること」に関していくつも区別があります。
上り坂を走る時と下り坂を走る時の走り方は違いますし、
人の前を走って集団を引っ張る時と人の後ろについていくときの走り方は違います。
追い風の時と向かい風の時とで走り方は違いますし、
800m走る時と1000m走る時では走り方が変わります。
余裕があるときの走り方と余裕がなくなってきたときの走り方は当然変わります。

区別というものは
「見分けられて、選択することができる」ということです。

「あ、今上り坂だから走り方をこういう風に変えよう。」とか
「あ、今前を走っている人の首が左右に動くようになってきたからスパートをかけて抜かそうかな。」
など一見気にしないところを見分けることができると、行動が変わって、成果が変わってきます。

あるものを極めているとその道に関する区別が大量に手に入ります。

犬が好きな人は犬に関する区別をたくさん持っていますし
お肉が好きな人はお肉に関する区別をたくさん持っています。
営業をずっとしてきている人は営業に関する区別をたくさん持っています。

区別ができると選択肢が広がるので
対応できる領域が広がります。

そして、区別ができると
再現性を持って繰り返すことができるし
人に教えられることができるし
他の領域にも活用して活かせることができます。

きっと何か特別な成果が出たときには
そこに何らかの区別があるということです。
今までと同じことをしていたら同じ結果しか出ないので
何かの領域で今までとは異なることが起きたが故に特別な成果がでるわけです。

それはきっと
「場数を踏んだから」
「頭がいいから」
「運が良かったから」
なんて薄っぺらいものではなくて
ナニカが今までと変わったはずです。

努力の成果ではなく、
努力の末に手に入れた区別の成果なはずです。

(余談ですが、
半年ほど前、先輩に「売れてる◯◯とお前何が違うと思う?」と聞かれて
「経験が違います。」と答えたら
「経験を理由にしてたら一生成長しないぞお前」と言われました。

経験を理由に成果を語っていたら今日からの行動が変わりません。
そして一生先輩を抜かすことができません。)

今、なんでこんなブログを書いているかというと
去年の年末、私はビジネスが絶好調だったのですが
その原因がわからないんです。
なぜか一気に成果が出たんです。
前年1年間の売上が1ヶ月で上がりました。

そこに関しての区別ができていません。

だから再現性がないし、
人に教えることもできないし、
他の領域に転用することもできていないんです。

まぁ、今頃年末のことを振り返っているのが時すでに遅しなのかもしれませんが笑
成果が出た瞬間に、区別の分析を徹底して振り返る重要性を学びました。