1人の力

歴史の勉強とは
いつ何があったのか?を覚えるためなんかじゃない。

そんなものは調べれば分かる。

1人の人間の力や、1つの思想によって
世界がどれほど変化したのか?を知るためにある。

という旨の話を先日聞きました。

「人は1人では何もできない。」みたいな言葉があり、
社会で生きている以上その言いたいことには同意なのですが

「1人の力で世界は変わる」ということを歴史を振り返っても
また、自分自身の人生を振り返っても思います。

大変有難いことに
自分の人生を大きく前進させてくれた恩人が何人も自分の人生にはいます。

その人たちの共通項をふと振り返ってみたのですが

・確固たる信念があること
・存在そのものがなんかうまくいきそうな予感をその場に感じさせてくれること

の2つでした。

自分自身にこの2つの要素が今あるのか?と問うた時に

まだまだ弱いなぁと思います。

確固たる信念については
自分は
最強の触媒として生きる。ということがものすごく腑に落ちていて、

ともかくいろんな人を活かす能力を高めて
自分と出会ったことで
その人がより強く、より楽しく、より面白い人生を送ることができれば
こんなに幸せなことはないと最近感じています。

もう1つの
存在そのものがなんかうまくいきそうな予感を場に与えることについてですが

これはものすごく言語化しにくいけど
確かにそういう人がいることを実感します。

どうやってそういう人間たり得るんだろう?と色々考えてはみた時に
イチローの言葉を思い出しました。

以下、引用です。
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努力をすれば報われると本人が思っているとしたら残念だ。それは自分以外の第三者が思うこと。もっと言うなら本人が努力ではなく、第三者が見ていると努力に見えるが本人にとっては全くそうでない、という状態になくてはならないのではないか。

米国の野球は『力対力』というイメージがあるがそれはイメージでしかない。力の意味が『能力』であればその通りだと思うが、大体は力は『パワー』と同義語になっているように感じる。とにかく相手の欠点を突いてくる。こちらが克服できなければ永遠にそうしてくるだろう。

今はまだ色紙に一言と言われても書けない。大切にする姿勢や哲学はあるが胸を張って一言残せるほどの自分ではない。偉人の言葉を引用する年配の方がいるがあれはダサいと思う。拙い表現でも将来自分の言葉で伝えられたらなと思う。しかし結局、言葉とは『何を言うか』ではなく『誰が言うか』に尽きる。その『誰が』に値する生き方をしたい。

米国に行ってから、日本語の深さや美しさを自分なりに感じるようになり、日本語をきれいに話したいと思い始めた。日本語でも自分の感覚や思いを伝えることは困難だと感じている。それが外国語となれば、不可能に等しい。英語で苦労する以前に、僕は日本語で苦労している。 
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結局、自分はここで言う
「その誰かに値する生き方」ができていないってことなんだろうなぁと感じるわけです。

今の自分の生き方は「最強の触媒」としての自分にふさわしいのかどうか?

これを自分に問い続けるだけ、というのも機能しそうだなとふと思いました。

歴史を見ても
1人の存在が日本を変えていると言わざるを得ない偉人が数多くいます。
(もちろんそこにはたくさんの人の協力や支えがあってこそですが)

自分自身もそういう人になりたいです。

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