魅力

この2年間、いろんな経営者の方と会ってきました。いろんな学生の方とも会ってきました。
Facebookの知り合いだけでもこの2年間で800人→3000人になりました。
Facebookで繋がっていない人のほうがおそらく多いので
軽く5000人以上の人とこの2年間で会っているんじゃないかと思います。

「すべての他人は自分と違う人間であるという点において自分よりも素晴らしい」という言葉が好きなのですが
すべての人から刺激を受けました。いろんなことを学習できました。

当たり前のことですが
自分と全く同じ人は誰一人としていなくて、
様々な価値観、考え方、経験に触れてきました。

そんな中で思ったことがあります。

【夢やビジョンが原体験に紐づいていない人の話はなんだか響きにくい】

ということです。

いろんな人の夢やビジョンを聞きました。
みんな、社会や世界がさらによくなる素敵なことを話します。
全部すてきなことなのに
「応援したい!関わりたい!何か手伝いたい!」という人と
「すごいですね。がんばってください。」っていう人に分かれました。
(僕の心が荒んでいるだけという説はいったん横においておきます笑)

自分の原体験に紐づいた理念やビジョンを語っている人の話は非常に魅力的に心に響きました。
一方で、なんとなくこうなったらいいからこう目指す。なんかテレビで見て素敵だったから目指す、
こういうことが問題だと思うので解決したい。というレベルの原体験だと
「そうなんですね」くらいの反応が心に浮かびました。

結局、「自分がやるしかない」という覚悟があるのかないのかの違いがそこに見えました。

「めちゃくちゃ美人を抱きたいんです。」という学生に1度会いました。
社会貢献性は微塵もないですが、全然モテなかったという原体験があり、自分がやるしかないという当事者意識に満ちあふれていて
僕にとっては魅力的な人でした。

「本気の人の依頼は断れない」という言葉を聞いたことがあります。
夢やビジョンもその人が、本当に本気なのかどうか。
そこが相手にもすぐに伝わるなぁと思います。

以前、
「やりたいことは自分がやってきたことの中から生まれる」という話をブログに書きましたが

僕の中で夢中になっている人ってある種の依存症状態なのではないかと思っています。

あのとき、こういう体験をしたときの感動が忘れられない。
幸せすぎてたまらなかった。
楽しくて楽しくて仕方なかった。
自分が何が何でもこの問題を解決しなければならない。

だからがんばる。

そういう体験があると
自分にとっての必要性が生まれますし、
ある程度苦しいことがあってもがんばれる気がします。
(だって依存症なので笑)

自分が依存してしまうほど
楽しかったり、喜びを感じたり、幸福感を抱くことのできるものは何なのか?

こういうことを突き詰めると面白いんじゃないかと。

なんとなくやったほうがいいから。では続きませんし、
苦しいことを乗り越えられない気がします。

苦しいことはできればやりたくないですし、我慢する理由がありません。

僕の場合
おそらく
「人と話をすることで新しい発見が生まれること」の知的好奇心の充足の喜びにが最高に至福なのと、
「人の人生が変わるきっかけに携わる」ことのできることで抱ける自己重要感に快感があり
それらの快感に依存しています

だからいまの仕事をしているし
どうにか時間を生み出して知らない土地を旅したり
いろんな人と会っているんだなとこのブログを書きながら自己分析できました

何に自分が快感を抱き、依存しうるレベルで熱中できるのか?
これをうまく語れるようになりたいです。

僕自身、もっと原体験と紐づけて魅力的に語れるようにします。

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