思考と言葉

先日、飲み会を企画していた際に
参加者の一人の方がインフルエンザで欠席になったので
Facebook上で参加者を募ろうと思い、投稿しました。

「経営者を集めて飲み会をやっています。本日空いている方はメッセージください。」

たしかこんな文面でFacebookに投稿しました。
(投稿後10分で参加者が見つかったので投稿は消したのですが、たしかこんな文面でした。)

そうすると、すごい会議の先輩から
個別にメッセージがきました。

『「経営者を集めて」という言葉はお前のどんなあり方から来ているのか?傲慢になるなよ。』
という趣旨のフィードバックを頂きました。

人の思考は見えません。
何を考えているのかは分かりません。

ただし、考えや思考は言葉となって現れます。

「経営者を集めて」という言葉を使っていると
まるで自分の能力で経営者の方をコントロールして集めているようなそんなニュアンスが入っているなぁと
先輩に言われて気付きました。
(実際そう思考していた)

僕は一緒に飲みませんか?と誘うことはできますが
人を集めることはできません。
人が集まる呼びかけはできますが、人をコントロールできるわけではないので

表現するならば
「経営者の方にお集まりいただき」くらいの文面の方が効果的だったと振り返りました。

思えば、すごい会議に入って
扱わなくなった言葉がいくつもあります。

例えば

「〜できていません。」という言葉です。

宣言したことをやっていない時があります。
そういうときに今までは「できていません。」「できませんでした。」と言っていましたが、
その言葉は言わなくなり、代わりに「やっていません。」と言うようになりました。

「できていません。」と「やっていません。」では何が違うか?
思うに、責任をとっているかどうかが違います。

「できていません。」という言葉は、まるで自分はやろうと思っていたのにいろんな状況があって遂行することができなかった。そんなニュアンスが含まれます。
やろうと思えばなんだってできるはずです。時間はつくるものです。
ただやっていないだけで、できていないわけではないはずです。
「できていません。」という言葉は自分の正しさを主張するコミュニケーションと受け止められます。

そんなことを考えて
「できませんでした。」という言葉は使わないようになりました。

同じような考えで
受動的な言葉はかなり減りました。

極端な話、
「インフルエンザになりました」ではなく、「インフルエンザを引き寄せました」ということです笑
「先方にスケジュールをキャンセルされました」ではなく、「キャンセルしてもいいようなスケジュール設定をしていました。」という話になります。

受動態や主語を自分以外にすると
コントロールできないものになるため仕方がない。という発想になりますが
主語を自分に置き換えると「あー、こういうことができたなぁ」と何かしら改善策を思いつきます。

こういうことを友達に話すと、

「私がつきあう人はみんなメンヘラだ。って思ってたけど、私がメンヘラを選んでたんだ。」と言っていましたw

自責なのか他責なのかは言葉を聞いていれば分かるはずです。

すごい会議に入ってよかったのは
「自責でいろ!」みたいなことは言われずに
他責っぽい発言をした瞬間に「今の言葉、言い換えろ」と言われる環境であることです。

言葉を本当に丁寧に扱います。

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“思考と言葉” への2件のフィードバック

  1. 本当に自分にとって重要な問題になったときは、他責よりも自責の方が気が楽だとおもう。どうにもならないことほどしんどいものはない。

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