大量行動

「努力は必ず叶う」という言葉がありますが

最近めちゃくちゃ行動しているのに望んでいる圧倒的な成果が出ません。

休みなく、朝は5時過ぎに起きて外に出て、夜は24時すぎに帰ってくる。
電車の移動時間もメールの返信など仕事のことをして
時間が空けばトライアスロンの練習をしたりジャズの練習をしたり。。

「圧倒的な行動量からしか圧倒的な質は生まれない」と信じて
行動しているのですが、
それでもすぐに成果に繋がるものばかりではなく、
そうすると
「しんどい、、」「目標が効果的でないのかな」という解釈が頭によぎることがあります。

寝言で「KPIが◯×▽*★、、、」となんか言っていたと人に言われました。
客観的にやばいです笑

そんなわけで「努力」について色々考えてみました。

私はある物事に関して悩んだ時は、似た経験をしている人か、偉人がその物事をどう捉えているかを調べるようにしています。

「努力は裏切らないって言葉は不正確だ。正しい場所で、正しい方向で、十分な量なされた努力は裏切らない」
By林修

「練習は嘘をつかないって言葉があるけど、頭を使って練習しないと普通に嘘つくよ。」
Byダルビッシュ有

自分は本当に頭使い込んで努力しているのか?
効果的な場所、効果的なやり方で行えているのか?

立ち止まって考えてみると
工夫できるところがたくさんありました。

本当に今やっていることは自分が手に入れたいものに対して効果的なのか?

『手段の完璧さと、目的の混乱。この2つが私達の主な問題に見える。』
Byアインシュタイン

「いったん選んだ道に関して頑張る人は多い。目標に関してそうする人は少ない。」
Byニーチェ

どすえの代表である川井さんを私は尊敬しているのですが
尊敬する理由としての1つが

目的のためならどんなことからも学ぶし、自分のこだわりやプライドをすぐ捨てることです。

目的や目標だけを見ていて、
自分で「こうやろう!」と決めた手段を人からアドバイス受けたり、もっとうまくいきそうな方法が見つかるとびっくりするくらいあっさり自分のこだわりを手放します。

年下であろうが業種が異なっていようが、全てのことを目標達成にどう繋げられるか?と考えていると近くで働いていて思います。

これは簡単なように聞こえて、実はとんでもなく難しいことを実感しています。

私は一旦自分のやりかたを意思決定すると、それがまるで唯一正しい答えであるかのように考えます。

他の選択肢は考えないし、目標を忘れて手段を遂行することだけに夢中になる時があります。

何故そうなるか?
考えなくて済むし、頑張ってる気になって充実感あるし、何より自分が間違ってることを認めなくて済むという点で楽だからかもしれません。

自分がやってきたことが間違っていると認めることほど苦痛なことはありません。

自己否定とも捉えられます。

ただそれはその一瞬の楽さを優先しているだけで、
本当に目標達成していく人からすると、そんなことはないのだろうなと思います。

自分の言動は目標に近づくものなのか、遠ざかるものなのか?

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