やりたいこと。

久々に小学校の卒業アルバムを見ました。
そこには可愛い字でみんなの「将来の夢」が書かれていました。

プロ野球選手
パイロット
学校の先生
ケーキ屋さん
など

そこにはたくさんの職業が書かれていました。
(ちなみに僕の当時の夢は「幼稚園の先生」)

ふと、小学校の友達が今何をしているのか?を調べました。
卒業アルバムに書いた”将来の夢”を今も追いかけている人(もしくは既に実現した人)は何人いるのか?

僕の小学校は1学年100人くらいだったのですが、それは2-3人でした。

ふと疑問に思いました。
将来の夢って何なんだろう?

将来の夢=将来は何になりたいの?
というニュアンスで使われることが多いのではないかと思います。

現に、卒業アルバムにはみんな
“なりたい職業”を書いていました。

ここに私は強烈な違和感を覚えました。

将来の夢とは
なりたい職業ではなく、
ありたい姿や、成し遂げたいことの方にフォーカスしたほうが本質な気がしたからです。

それはきっと
大学に入ることが目的になって入学してからやりたいことが見つからないことであったり、

就職することが目的になって就職してから何がしたいのかが曖昧だったり

お金を稼ぐことが目的になって
お金を稼いでから何をしたいのか?がわからなかったり

そんな手段の目的化の第一歩のように感じるんです。

例えば将来の夢とは
“医者になること”ではなく”自分ではどうしようもないことに困っている人を救いたいこと”のほうにあると思います。

それであれば医者もそうだし、途上国支援もそうかもしれませんし、薬の開発かもしれませんし、それを実現する手段はいくらでもあります。

手段は無数に存在するがゆえに夢をより具体化し、イメージしないと効果的な手段は何なのか?が選択できません。

どんな人を救いたいのか?
何に困っている人を救いたいのか?
救った結果その人にどうなって欲しいのか?

僕はまさにこれがビジョンだと思います。

将来の夢を考えるときに
なりたい職業ではなく、成し遂げたいことやありたい姿を言えるようになれば

ビジョナリーな人が増えて、もっともっと日本が面白くなるんじゃないかと思います。

「手段の完璧さと目的の混乱。この2つが私たちの主な問題にみえる」とアインシュタインも言っているし

「目的を忘れることは愚かな人間に最もありがちなことだ」とニーチェも言っています。

そうなんです。ビジョンを目指して行動するってきっと難しいんです。
具体的な手段を目指した方がわかりやすいし問題解決しやすいし、
私たちがゴールとして設定する
売上とか点数とかは多くの場合手段ですが
非常に扱いやすいです。

ビジョンは扱いづらいです。
ここをなんか解決する方法ないですかね?
(まるなげ)

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