感情を鍛える

あなたは今日1日どんな感情の変化をしましたか?

感情に素直になる、ということをある機会をきっかけに最近意識しています。

自分が今どんな感情なのか?
と自分に聞くと、
不思議なことに意外と分からないんです。

考えたことないからなのか
自分に興味がないのか
感情がないのか分かりませんが
とにかく分からないんです笑

人は感情的な生き物だとよく言いますが
人は感情的な生き物にも関わらず、感情を押し殺して生きていると思います。

みんなが可愛いと言っているものに対して
ダサい!と言うことはなかなかできないですし、

あの先輩なんかキモくないですか?なんて思ってたとしてもなかなか言えないです。

協調性を重んじる日本には実は言論の自由はないかもしれないですね笑

要は真に感情的に生きていると問題がたくさん起きます。

ただ、いろんな面白いことを世の中に起こしたりする人や何かを極める人とそうでない人の違いは感情に敏感かどうかなのではないか?
と最近思います。

広告のスペシャリストは
「、」(コンマ)の場所をミリ単位で調整するみたいです。
私からすると、どうでもいいと思ってしまうし、おそらくミリ単位で動いていても気が付かないです。
それなのに専門家の方はコンマの位置に違和感を抱くんです。

「物事に違和感を持てるかどうか?」
そこまで感覚を研ぎ澄まし、その感覚から生じる感情の変化に気付き、それを言動に表すことができるかどうか?
こそが本物を創る人とそうでない人の違いなのではないかと思ってならないです。

この前ある学生と社会人が参加する講演会に行ったのですが
そこでは「世のため、人のために生きるべきだ」というような空気を感じて私自身が気持ちが悪いなと思ってしまいました。
そして、自分が何に気持ちが悪いと思ったのか?をずっと考えたのですがよくわからないんです。
何に違和感をもって、何が自分を気持ち悪くさせたのか?
意外とふとした感覚を言語化することはできないものですよね、という会話を先輩にしたところ

「俺らの仕事はあらゆるものを言語化する仕事なんだから、何に違和感をもったのか言語化することから逃げるな。」
と言われ
しばらくずっと考えました。

私のいまのところの仮説(いまのところの暫定の答え)は

◯自分の意思なしに人の意見が正しいと考える人を見たこと
◯唯一正しい答えはないのに、全体に対してその正しさを押し付けようとしていた空気
に対して違和感をもっていたんじゃないかなということです。

この言語化の過程を通して気づいたことは

私自身学生時代にカンボジアへの学校建設をしていく中で
本当にカンボジアのために動いている人と
自分のために動いている人の違いをまじまじと感じた経験があること

自分自身が人のために生き続けてしんどくなった経験があったからこそここに違和感を覚えたんじゃないかなということです。

私がおもうに
人が違和感をもったり、敏感になるということは
それに違和感をもつ・敏感になるそれなりの経験があるからこそだと思うのです。

経験していないこと、考えていないことには感情は反応しません。

そうすると、どのようにすればその感度を高めることができるのか?
という疑問文が頭に浮かびますが、

いまのところ
●感情に素直になって生きてみる。
嫌なことは嫌だと言い、違和感を口に出し、それを言語化する習慣を身につける。

●より多くの本物に触れてみる。
音楽や芸術、ダンスなどその道を極めつくしている人や物に触れてみてその違いを知る。

●自分の尊敬している人たちがどこにアンテナを張っていて、なにに気づくのか?をひたすら観察する。

くらいを思い付きました、
他にアイデアがあればぜひ教えてください!

“感情を鍛える” への2件のフィードバック

  1. 自分の感情に対する感度を高める方法について。
    僕がよくやっていた方法は、感じた瞬間に感情を言語化することです。口に出さなくても、心の中で「今、自分はわくわくしている」という風に確認してあげるだけで十分です。すごいかずまさんがおっしゃる通り、様々な理由で感情は生まれてすぐに押しつぶされたり、ひん曲げられたり、隠されたりします。しかも、無意識のうちに。だからその前に、自分が素直に感じた気持ちをそっと優しく、大事にしてあげます。こうするだけでもかなり感度は高くなったと思います。

    この方法で感度がよくなったのは、自分の感情に目を向ける習慣がつくからかもしれません。

    1. ともきさん
      確かにすぐ言語化するだけで効果的なイメージがつきます。言葉にするだけでそれは力になりますね!ありがとうございます。

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