努力の仕方

大阪桐蔭高校について調べていたら
甲子園で圧倒的な成果を残している監督の言葉にこんな言葉がありました。

「高校生にすべてを任せるのは難しいと思っています。例えば、守備の自主練習を30分やらせても、『お前、いまそれか?』ということがあります。『ちゃうやろ』と。バッティングでも下手な打ち方100回やったら100回下手になる。『あかん、あかん。それでは下手になるぞ』と止めることもあります。それに比べて『こいついい練習してるな』と思うやつは伸びていきます。だから、練習内容やどんな練習をするかは、寮でしっかり話して確認していますし、練習中もみています。『今日、なんであの練習やったん?』て尋ねて、そこで話し合いをして修正していきますね。ノートに書いたり、話をしたり。練習した分だけ確実に上達しようと思えば、やっぱり正しい努力を継続することです。子供たちの自主性を求めながらも、大人が誘導することが大切だと思います。一人一人にかける手間や時間はどの学校よりも多いと思います。」

ハッとしました。
「下手な打ち方100回やったら100回下手になる。」

癖や習慣というものは恐ろしいもので
いったん身についてしまうと、それを変えることはものすごく甚大なエネルギーが必要になります。

林修さんも似た趣旨のことを話していて

「努力は裏切らないっていう言葉は不正確だ。正しい場所で正しい方向で十分な量なされた努力は裏切らない。」と言っています。
振り返ると
新卒1年目の僕はまさに間違った努力を大量にしていました。
とにかく人に会って、すごい会議の営業をして断られて、、
すごい会議というサービスは本当に素晴らしく、すべての組織に価値があると思っていますが
導入した方がいいタイミング、導入してもあまり効果が出づらい組織というものがあると思っています。
タイミングが違うのに営業していたし、すごい会議で効果が出づらいところにずっと会いにいっていました。
毎日ものすごく動いていたので
仕事しているつもりになり、
大量行動し続けているとどこかで小さな成果が出てきて、その部分だけを取り上げて自分を安心させていました。

まさに効果的でない努力を積み重ねていました。

では正しい努力をするにはどうしたらいいのか?を考えてみました。

正しい努力とはすなわち成果に結びついている行動のことだと思います。
では成果に結びつく行動をするためにどうしたらいいのか?

フィードバックと振返りがポイントなのではないか?と考えました。

大阪桐蔭の西谷監督のように間違った努力をしているときに
「お前のやり方、効果的じゃないぞ」と言ってくれる人がいるか?
いなかったとしたらそういう人を身の回りにおくか、
自分からフィードバックをもらいにいくしかありません。
「目的を忘れることは、
愚かな人間にもっともありがちなことだ。」

とニーチェが言っていますが、
一人だけで考えて行動しているとまさに手段の実行に満足して目的から離れていってしまいかねません。
(だからこそ私のようなコーチのニーズが生まれる!笑)

もう1つは振返りです。
人間には一貫性の性質というものがあるらしく
自分が行った行動は正しいんだ。自分のした意思決定を正しいものだ。と正当化する癖があるみたいです。
そりゃ自分がせっかくやってきたことが間違っていることなんて認めたくないですよね。
(捉え方によると自己否定)

きちんと自分自身を振返って
やった行動に対して成果がどうなのか?
いい雰囲気でも成果に繋がっていなければ冷酷に「正しくない行動だ」と認める勇気をもつことが求められるのではないかと思います。

そんな振返りを僕は一人でやるよりも他人とやったほうが効果的にできると思っているので
コミュニティをつくっています。
目標を宣言して、その目標に対しての進捗を共有し、振返りしあい、
お互いに応援し合おう!というものです。

20代限定のものになっているので横のつながりというか同世代からの刺激もたくさんもらえて楽しいです。
よかったらぜひ入ってください^^

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真実の告白

先日ボヘミアンラプソティを見てきました。
(若干ネタバレがあるのでこれから見る方はそっと閉じてくださいw)

休みも自由に自分で決めていい働き方なので
平日の昼間に行ってきました。

公開から1ヶ月以上経っているにも関わらず
平日の昼間の上映で観客席はほぼ満席でした。

恐るべし人気です。

内容については色々感じることや心動かされる部分がありましたが

僕が最も印象に残っているシーンが、
主人公のフレディが当時付き合っていた彼女に

「ずっと自問自答していたんだが、僕はもしかしたらバイセクシャルかもしれない」
と打ち明けるシーンです。

なぜ印象に残っているかというと
フレディが「バイセクシャルかもしれない。」と告白した後に
彼女が即こう切り返すんです。

「いいえ、あなたはゲイよ。」

です。

このやりとりものすごくないですか?

フレディとしては彼女のことは好きだし(恋愛感情なのか友情なのかはおいといて)
大切に扱っているはずなんです。

彼女としても「バイセクシャルだ」と言われたら
(私のことは好きでいてくれるのかな、他に好きな人ができたのかな)というように
ショックを受けたり不安が生まれたりするかもしれませんが

それでも「私のことは好きなんだな」という安心感は何かしら残るはずです。
(むしろ彼のことが好きであれば、そう安心したいはず)

にも関わらず、おそらく彼女は
フレディと接する中で、(きっとゲイなんだ)という体験があったはずなんです。

だからこそ
「バイかもしれない」という告白に対して
「いいえ、あなたはゲイよ」と言い返すことができたのだと思います。

この会話は
なかなかできるものではないと思います。
真実を口に出すことはとてもとても勇気のいることで、
真実を口に出した瞬間に今まで積み上げてきたものや安定していたものが一瞬にして崩れさるかもしれないからです。

思い返せば、3年ほど前に流行った「君の名は」の中にも
真実を口に出すシーンがあります。

(見ていない方はごめんなさい)

主人公の滝くんは小野寺先輩のことがずっと好きだったわけですが
小野寺先輩とのデート中に
「瀧くん、別に好きな人できたでしょ」と歩道橋の上で言われるシーンがあります。
(確かこんなシーン。具体的なフレーズが若干違うかもしれません、、)

僕が言うには、そのときに始めて瀧くんは
「おれってもしかして三葉のことが好きなのかな、、」
と自分の気持ちに気付きます。

そこから物語が進んでいく流れになります。

この時もおそらく小野寺先輩は
ずっと瀧くんが自分のことを好きなことを感じていたはずなんですが
瀧くん自身の変化に本人以上に気付き、気付いたことを本人に伝えるわけです。

なかなか気付けるものでもないし、
気付いたとしても言いやすいことではないです。

すごい会議のメンバー同士でも
「真実をテーブルの上にあげろ」とよく言われます。

本当はうまくいかないと思っています。
正直信頼できていません。
◯◯さんの顔をどうしても気にして仕事をしてしまいます。

実は気付いているんだけれども
なかなか言い出せないことがテーブルに上がると
組織として急に前進し始めることがあります。

ただ、そこにはものすごく勇気が必要で
いろんな人が悲しんだり、多くの人から反発を受けたりするかもしれません。

ただ、言えないことを言うことで大きく前進するし、
真実を言わないと、なかなか前進できない場面が今までよくありました。

映画を見て、
僕自身もっといろんなところに気付いて、
真実を勇気を出して躊躇なくテーブルにあげる

そんな仕事をしなければと身が引き締まりました。

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思考と言葉

先日、飲み会を企画していた際に
参加者の一人の方がインフルエンザで欠席になったので
Facebook上で参加者を募ろうと思い、投稿しました。

「経営者を集めて飲み会をやっています。本日空いている方はメッセージください。」

たしかこんな文面でFacebookに投稿しました。
(投稿後10分で参加者が見つかったので投稿は消したのですが、たしかこんな文面でした。)

そうすると、すごい会議の先輩から
個別にメッセージがきました。

『「経営者を集めて」という言葉はお前のどんなあり方から来ているのか?傲慢になるなよ。』
という趣旨のフィードバックを頂きました。

人の思考は見えません。
何を考えているのかは分かりません。

ただし、考えや思考は言葉となって現れます。

「経営者を集めて」という言葉を使っていると
まるで自分の能力で経営者の方をコントロールして集めているようなそんなニュアンスが入っているなぁと
先輩に言われて気付きました。
(実際そう思考していた)

僕は一緒に飲みませんか?と誘うことはできますが
人を集めることはできません。
人が集まる呼びかけはできますが、人をコントロールできるわけではないので

表現するならば
「経営者の方にお集まりいただき」くらいの文面の方が効果的だったと振り返りました。

思えば、すごい会議に入って
扱わなくなった言葉がいくつもあります。

例えば

「〜できていません。」という言葉です。

宣言したことをやっていない時があります。
そういうときに今までは「できていません。」「できませんでした。」と言っていましたが、
その言葉は言わなくなり、代わりに「やっていません。」と言うようになりました。

「できていません。」と「やっていません。」では何が違うか?
思うに、責任をとっているかどうかが違います。

「できていません。」という言葉は、まるで自分はやろうと思っていたのにいろんな状況があって遂行することができなかった。そんなニュアンスが含まれます。
やろうと思えばなんだってできるはずです。時間はつくるものです。
ただやっていないだけで、できていないわけではないはずです。
「できていません。」という言葉は自分の正しさを主張するコミュニケーションと受け止められます。

そんなことを考えて
「できませんでした。」という言葉は使わないようになりました。

同じような考えで
受動的な言葉はかなり減りました。

極端な話、
「インフルエンザになりました」ではなく、「インフルエンザを引き寄せました」ということです笑
「先方にスケジュールをキャンセルされました」ではなく、「キャンセルしてもいいようなスケジュール設定をしていました。」という話になります。

受動態や主語を自分以外にすると
コントロールできないものになるため仕方がない。という発想になりますが
主語を自分に置き換えると「あー、こういうことができたなぁ」と何かしら改善策を思いつきます。

こういうことを友達に話すと、

「私がつきあう人はみんなメンヘラだ。って思ってたけど、私がメンヘラを選んでたんだ。」と言っていましたw

自責なのか他責なのかは言葉を聞いていれば分かるはずです。

すごい会議に入ってよかったのは
「自責でいろ!」みたいなことは言われずに
他責っぽい発言をした瞬間に「今の言葉、言い換えろ」と言われる環境であることです。

言葉を本当に丁寧に扱います。

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