M1グランプリ

M-1グランプリに出てきました。

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「M-1に出ましょう」と何の前触れもなくいきなりライン送ったら
芸能関係の会社をやっている百合野社長が即OKしてくれました。
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よく分からないスピードで物事が進み、
ネタ合わせは50回くらいやりました。

M-1は
1回戦→2回戦→3回戦→準々決勝→準決勝→決勝という流れで進んでいくのですが

素人の1回戦突破率は5%と言われています。
実はこれ、弁護士や公認会計士になるのと同じ難易度なんです。

「5%の壁を突破して、なんとか2回戦に行きたい。」
そんな思いで
毎日ユーチューブで芸人のネタを見ては分析を行い、
仕事終わりに百合野さんの会社に行っては2人でビデオ撮って練習して
ビデオ見ながら「もっとこうしよう」「ここなんか変えたいね」などと
試行錯誤を繰り返しました。

本番当日、
予選会場について舞台裏に到着すると
空気感にやられました。

殺されるんじゃないか、、
ってくらい空気が重いんです。

それぞれのコンビが深呼吸したり、壁に向かってネタ合わせしていたり、
事務所に所属している芸人の後輩っぽい人が
「おつかれさまですっ!!!」って先輩っぽい人に体育会みたいな感じで挨拶してるし
完全萎縮してしまいました。

「空気に飲まれる」という言葉がありますが
完全に飲まれました。

そしてスケジュールを確認すると
僕らの順番はなんとトリ!

それこそ、なんでやねーん!
って感じでしたが

出演までの時間がかなりあったので
最後までゆっくりネタ合わせできました。

いよいよ本番。
「どーもー!」と芸人っぽく入りました。

ここで発見。
「どーも〜!!」と大声を出すと緊張が消えたんです。
あの「どーも〜!」の掛け声は芸人さんにとって緊張をなくすテクニックなのかも。。
などと思いながら本番スタート。

50回くらいやってきたので
体と口が勝手に動きます。

全然お客さんの笑ってないコンビもいたのですが
僕らのネタでは何人かがめっちゃ笑ってくれていました。

気持ちいい。
みんなが僕を見ていて、笑ってくれている。
ジャニーズってこんな気持ちなのかな。(ジャニーズの方ごめんなさい)

あっという間に終わりました。
観客の方笑ってたし、練習通りネタできたし、手応えがありました。

1回戦はその日中に結果発表があります。

そして!

そして!!!

落選しました。

もう期待しまくっていて、
合格者の中に呼ばれた時、どんなリアクションしてやろーかな、、、なんて考えていた自分が甘すぎました。

結果が全てなので、偉そうに言えることは何もないのですが
漫才を通して得たことを書きます。

①KPI の設定が曖昧だった
ネタをつくって、ひたすらネタ合わせしました。途中、「このネタってほんまにおもろいんかな?」なんてことは何回か思いましたが、
今更変えられない。なんて思い、ひたすら決めたネタを練習しては少し改善してを繰り返しました。

今思うと、自分たちの漫才が成長しているのかどうかを測る指標が
ネタ合わせの回数くらいでした。
知り合いにネタを見てもらっても知り合いフィルターがあるし、適切なフィードバックはもらえないんじゃないか、なんて考えていました。

どうにかしてm-1の審査員やお笑い事務所に人に見てもらっ
フィードバックをもらうべきでした。

成長が実感しにくい(ネタの面白さを数値化しにくかった)時は
適切な判断ができる人の評価をもらう機会をたくさん置いた方がいいなと思いました。

②プロとアマチュアの違い
本番、待っている間に舞台の裏からネタを見れたりするのですが、
ネタを練習してきた体験を踏まえてプロの芸人さんのネタを見ていると

細部へのこだわりが凄まじいことがわかりました。
腕や手の動き、姿勢、話す言葉、無駄な言動が一切ないんです。

自分のものを振り返ると、自分が楽な姿勢をしていたり、腕が遊んでいる時があった気がします。

ネタ合わせ50回で満足していましたが
プロの人たちはおそらく何百回もやっているんだろうなと印象を持ちました。

③慣れない領域においての手応えの参考にならなさ

観客の人もけっこう笑ってくれていて、正直に言って手応えがありました。
しかし、落選。

お笑いに関して素人の自分の判断がいかにズレているのか?を突きつけられました。

あまり知らない領域について自分の頭で判断しても多くの場合的がズレているのかもな、、
なんて思いました。

2回戦進出の判断基準も知りませんし、そういうネタが評価されるのかについても
「お客さんが笑ったら評価されるだろ!」くらいにしか思っていませんでした。

もしかしたら他の判断基準もあるかもしれません。
そこについてどうにかしてプロの人に聞き込みをして聞いておくべきでした。

とまぁ、いろんな財産を得られた機会でした。

そして何よりも
超楽しかったです!!!
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(群馬の高校から出場していた高校生コンビと漫才終わりにパシャリ)

おしまい!

外部との関係性

「あなたと外部の何かを繋ぐ関係性は言葉でできている」

と我々の組織では言われています。

例えば、「お金」という題材があると

お金とは何か?
という問いの答えは人によって異なります。

お金とは「力だ」
お金とは「選択肢を増やすものだ」
お金とは「なくなるものだ」
お金とは「気づいたら増えてくものだ」

などいろんな言葉で表されます。

実は、上の4つは私自身がお金に対してつけていた言葉を時系列に並べたものです。

【小学校】お金とは「力だ」
【大学】お金とは「選択肢を増やすものだ」
【社会人初期】お金とは「なくなるものだ」
【今】お金とは「気付いたら増えてくものだ」
といった感じです。

最初にお金と触れ始めたのは小学生のころです。
当時はカードゲームにハマっていました。

遊戯王とかデュエルマスターズとかいうやつです。

友達とよくカードで勝負をして遊んでいました。
負けず嫌いだった僕はのめり込んでいて、暇さえあれば
どうやったらより強くなるのか?を考えていました。

お金持ちの友達はものすごく強いカードを持っていました。
僕も限られたお小遣いでカードを買っていましたが、
お小遣いの金額が違えば、買えるカードの量は当然変わります。

持っている強いカードの量がお金の量と比例するわけです。

この時に
「お金さえあれば強いカードを手に入れられるんだ」と思いました。

テレビゲームをして遊ぶこともありましたが
家にテレビゲームがなかった僕は練習ができず、ゲームしてもあまり友達に勝てませんでした。

「お金があると強くなれる」という価値観もっていました。

中学に上がると、
カードゲームを卒業します。
中学における力は「カードの強さ」から「勉強の出来」であったり、
「部活の結果」だったりに変わります。

中学校・高校はお金との関係性は特に薄く、
当時の私にとってお金とは「なんとなくそこにあるもの」くらいでした。

大学に上がり、晴れての一人暮らしです。
旅が好きな私は日本も色んなところに行き、
海外もたくさん回りました。

アルゼンチンに行った時に
「南極まで往復50万円で行ける」というツアーがありました。

南極はずっと行きたいと思っていた場所の1つであり、目の前に行けるチャンスが現れたにもかかわらず、
お金がなかったがために、南極行きを断念しました。

この時、
お金があれば選択肢が増えるな。
お金って選択肢を増やすためのものなんだ!
と思い、

迷った時に選びたい道を選べるように
バイトをしたり、自分でイベントをしてお金を稼ぐ日々を送りました。

選択肢を増やすためにお金を稼ごう!

と心に決め、個人事業として
すごい会議を始めました。

社会人として働き始めますが、
成果が全然出なくて、お金が一向に増えません。

借金をするし、家賃は滞納するし、
少しお金を稼げてもすぐなくなります。

この時、知らず知らずのうちに
「お金はなくなるものだ」という関係性を自分でつくります。

そうすると、お金はなくなるものなので
すごくケチになります。

何か物を買う時に、
この金額を稼ぐのにどれだけ苦労したか?なんて考え始めるわけです。

あぁ、今月中にお金返さなきゃ、、
なんてことを考えながら
お金に追われる日々を過ごしていました。

暫くしてお金を稼ぎ初めて、
家賃滞納に困らなくなったり借金を返しても
しばらくはお金との関係性が変わりませんでした。

お金はなくなるもの、なので
銀行口座の残高が増えても不安なわけです。

いつこれがなくなるんだろう?
そんなことを考えていました。

ただ、ある瞬間から
紹介が増えて仕事が舞い込んでくるタイミングがありました。
そこからお金が増え続ける時期がありました。

そのあたりから、
目の前のことを楽しみながら全力で取り組み
関わる人を喜ばせてさえいればお金は勝手に増える。

という価値観に変わりました。

それから口座の残高が減ったとしても
特に気にならなくなりました。

お金との関係性は
口座にあるお金の量や、稼いだお金の量や、使ったお金の量ではなく、
お金に対してどのような設定をしているか?

によることがわかりました。

羽振りのいい人は口座にお金があろうがなかろうが、羽振りがいいし、
ケチな人はお金があろうがなかろうがケチです。

お金という題材を使って長々と書きましたが、
お金だけではなく、
「仕事」「友達」「家族」「恋人」などなど
いろんなものとの関係性は

言語を通してできあがっています。

どんな言葉を他者(ここでいう”他者”とは人も物も、自分以外のもの全て)との関係性に置くのかで

行動や価値観がまるで変わることを

お金との関係性を振り返って思いました。

思考の源

「宮崎の会社と仕事がしたい!」と東京に拠点を置きながらずっと動いて
約1年前から宮崎の会社とのお仕事がスタートしました。

今では月1回宮崎に行って「すごい会議」をやっています。

宮崎出身の人に会うと、もれなく「宮崎が大好きだ」と返ってきます。

僕は高校まで宮崎で育ち、宮崎のたくさんの人に育てられました。

中でも高校は思い出深く、
県立の高校だったにも関わらず
朝7時から学校が始まり、21時くらいまで残って勉強をしていました。

京都大学に合格するために
1ヶ月で過去問を38年分解いた時も
毎日学校の先生に回答を提出し、「明日までに添削お願いします!」と先生の事情は全く考えずにお願いしていました。

この前高校の先生と飲んだのですが
「お前は恐怖だった」と言われました笑

そんな宮崎の人たちが大好きなんです。

よく「なんでそんないろんなことチャレンジしているの?」と聞かれたりするのですが
高校の時のある機会をきっかけに人生が明確に変化し始めました。
今回はそんな話をシェアします。

高校の受験時、クラスメイト2名と私で京大を目指していました。

その友達2名はものすごく要領がよくて
模試でもA判定やB判定を取ったりしていました。

対して私はずっとE判定。
D判定を1回取ったことがありましたが
C判定はおろか、B判定やA判定は取ったことがありませんでした。

全員で受かったらルームシェアしよう!なんてことを勉強しながら話していましたが
明らかに自分だけが不合格になる未来が見えていました。

勉強しても勉強しても結果に現れず、
勉強の仕方が悪いのか?と思い、勉強の仕方について書いてある本を買ってよみまくったりもしました。

にも関わらず結果に現れない時に担任の先生と面談をしました。

「自分だけが落ちるイメージしか浮かびません。」と恥ずかしながら涙目になって先生に相談していました。

マラソンを当時ずっとやっていたのですが、頑張れば結果が出ます。
勉強も今までは頑張れば結果に繋がっていたので
俗にいう「努力は裏切らない」信者だった私ですが
当時は信頼しきっていた努力に裏切られているような状態で
精神的に弱くなっていました。

その面談で、先生に言われた言葉で人生が変わりました。

「模試の結果が良い。ていうのは正直時間を無駄にしてるだけだぞ。自分が解ける問題を解いているだけだから、別になんの意味もない。

受験っていうのは本番勝負や。
A判定取ってたやつが落ちることもあれば、E判定のやつが受かることもある。要はそれまでのプロセスは一切考えられず、本番一発勝負。

模試で結果が悪かったっていうのはすごくチャンスじゃない?

自分ができない問題に出会えているって証拠やろ?それをちゃんと理解してできるようになっていれば本番に活かせるやん?

お前はすごくチャンスに恵まれてるわけや。」

みたいなことを言われました。

その時、なぜかすごく腑に落ちて

「あー、確かに本番さえ点数取れれば良いわけだから、本番以外は点数低い方が
苦手に気づける機会が増えてラッキーだなぁ」

と心のそこから思いました。

それ以来、私は
テストの結果が良かった時は落ち込み、テストの結果が悪かった時は
「本来、本番取れるはずのなかった点数が取れるようになった!」と喜ぶという

よく分からない受験生になっていました。

結果、合格最低点+3点でギリギリ現役合格し、

私は物事を肯定的に捉えられることに関しては
ものすごい能力が身につきました。

特に落ち込むことなく、いろんな行動にチャレンジできるようになったおかげで

借金したり、事件に巻き込まれたり、色々怒鳴られたりしても
前進し続けられる精神が確立しました。

高校の時の話ですが
ビジネスにも相当活かされていて、本当に先生には感謝しています。

念願の京都大学に入学して
新入生の健康診断の時に

のび太くんのコスプレをした京大生が
「ドラえもーん、童貞を卒業したいよー!!」と叫びながら歩いていて

人生道を誤った、、と一瞬思いましたが
京大に入れて、今の仕事ができて運がいいなと思うわけです。

宮崎に出張に行った帰りでしたので
こんな内容を今回は書きました。

P.S.
最近、会議ノウハウブックというものを個人的に作ってみたので
興味ある人は見て使ってください!
http://sugoikaigidosue.jp/know-how/

完了

社会人になってから使うようになった言葉に「完了」「未完了」という言葉があります。

「完了」とは、
相手と働く関係をつくるために本物の自分を相手と共有すること。お互いの合意のもと物事を始める・進めて行く・終わらせること。

「未完了」とは、
物事の始まりや終わり、途中経過などについて関係する人に合意がないまま進んでいる、あるいは止まっている状態のことを言います。

例えば、
・ご飯をご馳走になって、翌日「昨日はごちそうさまでした!」と一言お礼を言えているのかどうか。
・物を借りたら返す期日を決めているかどうか。
・「渋谷でオススメのお店教えて」と言った人に対して、教えてもらったお店に行ったのかどうか、行ったとしたらどうだったのかを報告しているのかどうか。
・言いたいことがあるけれど、(今度会った時に言おう)と思ったままになっていて、次会う日が決まっているのかどうか。

など、そんなイメージです。

約束を守っているのかどうか?
というニュアンスに近いですが
違いは”約束を守らなくてもその合意がされていれば完了している”ということです。

「〜します。と言っていましたが、やはりやらないことを決めました。」

この連絡が完了のコミュニケーションです。

完了と似た言葉に終了があります。
Complete と Finishの違いです。

終了とは双方の合意如何に関わらず時間とともに物事が完結することを言います。
2018年が終わると、2018年は終了します。
2018年を振り返ると2018年は完了します。

とまぁ、この区別は横に置いておいて、、
なぜこの完了・未完了の言葉をよく使うかと言うと、

未完了の多い状態で成果が出るはずがない。
1つ1つ完了していれば成果は勝手についてくる。

と言われているからです。

実際自分の体験として
完了のクセづけをしてから成果が上がったことがあります。

私自身ある素晴らしいコーチの方から定期的にコーチングを受けているのですが

ある時、
「今から10分で未完了なことを書けるだけ紙に書いて。」と言われて
未完了を書き出すワークをしました。

・〜やろう!と思っているけどやってない。
・あの人に連絡する。って言ったのに連絡していない
・〜を買おうと思っているけど買っていない。
・お金を以前借りていて未だ返していない
・お金を貸していて未だに返って来ていない

など30個くらい未完了を書きました。

すると、
「30個!?少なすぎ!少なくとも100個くらいはあるわ!延長するから正直になって未完了書きなさい。」と言われました。

いやいや、十分出したわw

と思っていたのですが、
振り返ると

・中学の時に喧嘩して以来一切話していなくて仲直りしていない人がいること
・いつもお土産をもらっているけど、自分からのお礼を全然できていない人がいること
・部屋の中で汚いなぁと思いつついっこうに掃除が進んでいないこと

などたくさん出てきました。

全部で結局70個くらい出ました。

「いつまでに完了するか決めて。」と言われて

全ての項目に対していつまでに完了するのか?を決めました。

「連絡しようと思っていたけどしていない。」という項目は、「もう、連絡しない。この人とは付き合わない!」と決めるものもあれば、

中学の友達の連絡先を人づてに聞き出して、
10年ぶりに会話して謝ったものもありました。

部屋を掃除し、捨てるべきものを捨て、
買うものを書い、

お金を借りっぱなしの人には返し、
貸しっぱなしの人からは返してもらいました。

大体3ヶ月くらいをかけて
70個の項目を完了しました。

そうすると、すごく頭がスッキリするんです。
パソコンのタブめっちゃ開きっぱなしで仕事していたのが、不要なタブを消してネットの速度が速くなった、そんな感覚です。

何かに追われることがなくなり、毎日に余裕が生まれ、
1つ1つの連絡が丁寧になり、未完了を生み出すことが減るようになりました。

人間の脳の使える割合は決まっているとよく言いますが、
完了→脳の中から消える
未完了→脳の中の一部の容量をずっと使い続ける
ようです。

完了なくして成果なし。
の意味がよく分かりました。

奥さんと喧嘩した日には
奥さんとの関係性が未完了なので
仕事が手につかなくなるわけです。

奥さんのことは仕事終わってから考える!
と決めれば完了になるわけですが、、

こういった脳の特徴をつかむだけでも日々のパフォーマンスは上がるなぁと実感しています。

未完了はほっとくとあっという間に大量に蓄積されていくので
都度都度未完了を完了する時間をスケジュールにいれていきます。