差異

区別

あなたはうんちとうんこの違いを知っていますか?

私は知りません。

は?

と思ったあなた。
ごめんなさい。調べてくださいw

ここで何が言いたいかというと
「うんち」と「うんこ」は似ているようで別物である。ということです。

このような
「似ているようで別物である」ものは世の中にたくさんあります。

恋/愛
謙虚/謙遜
デブ/ぽっちゃり

といった「言葉」に関する区別もあれば

ポジティブ/ネガティブ
ありふれたものを当たり前と思う/ありふれたものに感謝する
問題があったときに仕方がないと思う/問題があったときにどう解決するかを考える

など「考え方」に関する区別もあります。

私は陸上を小学校から高校までやっていて大学時代も100kmマラソンに出ていましたし、
今はトライアスロンをやっていてずっと走り続けてきました。

私は「走ること」に関していくつも区別があります。
上り坂を走る時と下り坂を走る時の走り方は違いますし、
人の前を走って集団を引っ張る時と人の後ろについていくときの走り方は違います。
追い風の時と向かい風の時とで走り方は違いますし、
800m走る時と1000m走る時では走り方が変わります。
余裕があるときの走り方と余裕がなくなってきたときの走り方は当然変わります。

区別というものは
「見分けられて、選択することができる」ということです。

「あ、今上り坂だから走り方をこういう風に変えよう。」とか
「あ、今前を走っている人の首が左右に動くようになってきたからスパートをかけて抜かそうかな。」
など一見気にしないところを見分けることができると、行動が変わって、成果が変わってきます。

あるものを極めているとその道に関する区別が大量に手に入ります。

犬が好きな人は犬に関する区別をたくさん持っていますし
お肉が好きな人はお肉に関する区別をたくさん持っています。
営業をずっとしてきている人は営業に関する区別をたくさん持っています。

区別ができると選択肢が広がるので
対応できる領域が広がります。

そして、区別ができると
再現性を持って繰り返すことができるし
人に教えられることができるし
他の領域にも活用して活かせることができます。

きっと何か特別な成果が出たときには
そこに何らかの区別があるということです。
今までと同じことをしていたら同じ結果しか出ないので
何かの領域で今までとは異なることが起きたが故に特別な成果がでるわけです。

それはきっと
「場数を踏んだから」
「頭がいいから」
「運が良かったから」
なんて薄っぺらいものではなくて
ナニカが今までと変わったはずです。

努力の成果ではなく、
努力の末に手に入れた区別の成果なはずです。

(余談ですが、
半年ほど前、先輩に「売れてる◯◯とお前何が違うと思う?」と聞かれて
「経験が違います。」と答えたら
「経験を理由にしてたら一生成長しないぞお前」と言われました。

経験を理由に成果を語っていたら今日からの行動が変わりません。
そして一生先輩を抜かすことができません。)

今、なんでこんなブログを書いているかというと
去年の年末、私はビジネスが絶好調だったのですが
その原因がわからないんです。
なぜか一気に成果が出たんです。
前年1年間の売上が1ヶ月で上がりました。

そこに関しての区別ができていません。

だから再現性がないし、
人に教えることもできないし、
他の領域に転用することもできていないんです。

まぁ、今頃年末のことを振り返っているのが時すでに遅しなのかもしれませんが笑
成果が出た瞬間に、区別の分析を徹底して振り返る重要性を学びました。

学び

すごい会議のファウンダーの禅太郎さんが
「赤ん坊の泣き声からも学ぶことはできる」と以前言っていました。

僕は聞いた時
「なるほどー」と思いましたが
あとでよくよく考えてみて、
「何を学べるんやろ。。。」と頭が止まりました笑

「いやいや、ただ泣いているだけやん、、、」

となるわけです。

ただ、その思考では成長が一切起きません。

ちょっと想像してみました。

赤ちゃんが
ギャーギャーワーワー泣いています。

さて、何を学べるのでしょう?

事実は
「生後半年の赤ちゃんがギャー!!!と叫び続けている」です。

どんな学びがあるのか?よく分からないので
無理やり学びが起きるように色々考えてみました。

赤ちゃんが泣くのってなんで何だろう?

お腹が空いているからなのか?
トイレに行きたいからなのか?
眠たくなったからなのか?
暑かったり寒かったりするからなのか?
色々と考えることはできます。

さて、何を学べるでしょうか?
以前あるママさんと話をしていた時に
「お腹が空いているのか、トイレなのか、眠いのかで泣き方がちょっとずつ違う」という話を聞きました。

なるほど、泣き声を聞き続けていると
泣き声に関する些細な「区別」が見分けられるようになるみたいです。
これは学びですね。

ただ、あまりしっくりきません。

「学び」とは何なのか?
というと
「今まで気づかなかったことを知り、その後の人生に活かせる知見が手に入ること」
みたいな感じです。

とすると、
赤ちゃんを育てたことのないし、直近で育てる予定も特にない僕にはあまり
いい学びとは言えません。
だってすぐ活かせられないから。

しかも「泣き声の区別」という学びを得るためにはおそらく何回も泣き声を聞いては対応して、、、ということを繰り返さないといけません。
パッと一発聞いただけで学びにはなり得ません。

僕はすぐに仕事や生活に活かせる学びが欲しいわけです。
どう解釈すればそんな「学び」が赤ちゃんの泣き声から得られるのでしょう、、

禅太郎さんの言っていることが今ひとつまだ掴めていません。

と、ここまでで僕の思考は止まっていました。

ただ最近、こういうことじゃないか!という発見がありました。

それは【抽象化】です。
ある事実を抽象化・一般化・構造化して考えるということです。

どういうことか?

赤ちゃんが泣いているとします。
多分僕にとっては耳障りです。

これをどんどん抽象化します。

赤ちゃんがギャーギャー泣いていて、耳障りで僕は「あーうるさいなぁ」と思った。

何か大きい音が鳴り続けていると、イラッとする。

想定外の音がなると、集中が切れる。

こうやって考えると転用可能な学びになりました。

「想定外の音がなると、集中が切れる」この発見があると

・仕事するときは携帯の電源切ったら集中できるかもな
・カフェ行くよりも漫画喫茶とかに行った方が雑音少ないし作業が捗るかもな
・集中してそうな人には話しかけるよりも、メールや置き手紙で伝えたほうが親切かもな

など日常に活かせる学びに変化しました。

もう1つ違う観点で考えてみます。

赤ちゃんが泣いているとします。

赤ちゃん泣いている

自分に好ましくない状況を泣くことで、ママやパパに伝えている

困ったことをすぐに発信して助けを求めている

こう考えると、
・自分も1人で抱え込まずにもっと人を頼ろう
・大人になるとすぐ泣いたりできない分、部下の◯◯も1人で困りごとを抱え込んでいるかもな、ちょっとフォローしてみよう
・困ったことをすぐに困った!と定期的に気軽に言える仕組みを社内で作ったほうがいいかもな

みたいな応用が効きます。

要はどんな物事も抽象化していまえば
学びになる!ということです。

抽象化最高です。

毎日の些細なことから学びが起きます。
満員電車の出来事や
道を歩いているとき
コンビニに入ったとき
あらゆることから学びが起きます。

抽象化によって、人生が豊かになりました。

きゃりあ

すごい会議に入ってもうすぐ2年です。
同期はもうすぐ社会人3年目に突入します。

そんな中で転職する人たちがちらほら出てきています。売り手市場なのですぐに転職が決まっていきます。
何十、何百の会社の社長と会ってきましたが
人には困っていません。という会社を私はこの2年間みたことがありません。
みんな、
人が足りない。
優秀な人が欲しい。と聞きます。

キャリアアップとか言う言葉がありますが
ふと、
キャリアアップって何なんだろう?と思いました。

「アップ」とあるので
上のステージにいくみたいなニュアンスがありますが、
何を基準にして「アップ」なのでしょうか?

会社には役職があったり、出してる売上・利益などの規模感は違います。
ただ、より大きい規模の会社が優れていて小さい規模の会社は劣っているわけではないし、課長より部長が幸せかというとそうでもないと思います。

そもそもキャリアとはなんなんでしょう?

わからない時は語源を調べるのですが
Careerの語源は
Carrariaというラテン語からきており、
意味は「轍(馬車などが通った道にできる跡)」のようでした。

ここから推察するに、
キャリアとはあくまで自分が歩んできた道のりのことであり、結果を言っているわけです。

キャリアアップってなんなのか益々わからなくなりました。
轍がアップすることなんて全然意味がわかりません笑

スティーブ・ジョブズの
「キャリアではない。私の人生なんだ。」というスピーチが私は個人的に好きなのですが
ここでいうキャリアは
轍のニュアンスがありそうだなと勝手に感じました。

ちょっと話はズレますが、
自分の今年のテーマが
「今を満喫する。」でして

・努力を美徳とする人と付き合うことをやめる。
・「将来〜したいから」という言葉を使わない。「今〜したいから」という言葉を使う。
・現在を完璧にすることに労力を使う。

などを実践しています。
私の中で今のところ
キャリアなんて概念がありません。
「どんなキャリアを歩みたいんですか?」
と言われても
「特に希望はありません」状態です。

今を楽しんで、夢中になれることを追いかけて
気付いたら自分の人生と言われるものが轍として出来上がっている。そんなものがキャリアなんじゃないかなと思います。

キャリアアップとは何か?
自分の歩んできた道のりの足跡そのものに誇りを持てることなんじゃないかと思います。

自分が夢中になれて、人に誇れて、楽しくて、そんな道のりを気付いたら歩いてた。

そんな人生素敵です。

要はどれだけ
自分らしく生きる。ことに向き合って、そこに誇りを持てるか?です。

で、多分自分らしく生きることに向き合うことって大変です。
だって、自分のことなんてよくわからないですし、正解なんてまるでありません。
なかなか見つかりません。あーでもない、こーでもないと思い悩みます。

一方で、人の評価や価値基準に従って生きるのってすっごい楽です。
頑張ったらある程度評価されるし、悩まなくていいし。

世の中で言われる成功であったり、
社会で評価される人になろうとするのは
良くも悪くも思考の節約な訳です。

自分の歩んできた道のりを誇れるのか?
今進んでいる道のりが自分の人生だ!と胸張って言えるのか?

そう言えることが
キャリアアップしてるんやと勝手に思い込んだ大阪からの帰りでした。

褒め方

先日後輩から
「一眞さん、素晴らしいですね!」と言われました。

ムカつきました笑

人を褒めて伸ばすなんて言葉がありますが、
褒められてイラっとしました。
【褒める】というコミュニケーションにはいろんな区別が隠れていると思います。

年上の尊敬している方から
「素晴らしいね!」と言われると
多分私は嬉しいです。
ここは何が違うか?というと上下関係が違います。

褒めるというコミュニケーションは上下関係を前提に成り立っているのではと感じました。

褒める、というのは一方的な評価です。

すごいです!
かっこいい!
可愛い!
頭がいい!
仕事ができる!

暗として
(おれからすると)すごいよ。
(私からみて)かっこいいよ。
(僕的には)可愛いよ。

というそんなニュアンスが込められています。
目上の人、そんけいしている人から褒められると嬉しいですが
対等な立場の人であったり後輩から言われると

「お前なんかにいちいち評価されたくねぇよ」

が起きる場合があります。
(これ、あなたは経験ありませんか?単に私が性格悪いだけであればこの話は終わりです笑)

また、褒めるという行為のデメリットとして
正解の押し付けとも捉えられることがあります。

例えば、
「髪短くしたほうがかっこいいね!」
と褒めると、ちょっと極端ですが、
暗として
(髪型は長めにするより短くしてください。短いの似合ってませんよ。)
と言っています。

「明るい挨拶が素晴らしいね!」と言うと
(挨拶は今みたいに明るくしたほうがいいよ。)という心の声が聴こえてきます。

褒めるコミュニケーションは評価者の価値観の押し付けなのです!

とここまで褒める行為のデメリットを述べましたが、
当の私自身褒められたら嬉しいです。

それに最近、
色んな新しいサービスを自分で作っていると
「本当にカズマは新しいものを作る能力が高いよね」
「天才的だね」
などと褒めてくださる方が周りにいらっしゃいます。

そう褒められると、
やる気が出ます。
もっといいもの作ってやろう。とか
もっと新しいもの作っていこう!という動機付けが起きます。

これらは褒めることの強烈なメリットだと思います。
人は褒められるとよりその人間になろうとします。

一方で、褒められること=正義という世界に行ってしまうと
褒められることしかしなくなり、自分の軸がなくなってしまいます。
何が正しいのか?何が効果的なのか?という発想から
何したら褒めてもらえるか?を考えてしまいます。
これはこれで本質的ではないなぁと思います。

安直にただ褒めればいいってものではないようです。

また、最近意識していることとして

主語を自分にして話す

をやっています。
明るい挨拶ですごくいいね!
→今の挨拶でめっちゃ元気出たよ!

返信のスピードが速くて素晴らしい!
→返信のスピードが速くてすごく助かってる!

めちゃ可愛いね!
→なんかドキッとしたよ!

みたいな感じです。
主語を自分にして話した瞬間に
評価者ではなくなります。
シンプルに「私はこう感じた」と言っているだけなので
相手からすると非常に受け止めやすいです。

「返信速くて本当に仕事できるよね!」
と言うと
「いやいやそんなことないですよ!」
という否定のコミュニケーションが起きたりしますが
「返信速くてものすごく助かるよ」と言うと
「本当ですか?よかったです!」
と肯定的な言葉が返ってきやすくなります。

これだと評価者でないので
目上の人であろうが、後輩であろうが対等な関係性であろうが
どんな人でも効果的に褒めることができます。

お互いを認め合い、褒めるコミュニケーションを効果的に扱って気持ちのいい会話がそこらじゅうで繰り広げられたら最高です。

褒めるに関して
色々書きましたが
このブログのことを褒めてもらえていてすごくやる気になっているので
もっと褒めてください。

宜しくお願い致しますw