言葉の影響力

インスタ映え、美魔女、イクメン、女子力…

などの言葉は私が小学生の頃は存在しませんでした。
日本では新しい言葉が次々と生まれては死んでいきます。

言葉が生まれると、
それに伴って新たなマーケットが誕生したり
今まで意識してこなかったことを意識し始めたり
私たちの生活にいろんな影響を及ぼします。

つまり異なる観点で言うならば
言葉を変えれば考え方や意識、世の中が変わるということです。

女子力という言葉が生まれたことで
女性らしさが点数化されるようになってきたように感じます。
女性たる者こうあるべきみたいなイメージが作られて、それでない人に対しては
女子力が低いというレッテルが貼られます。

加齢臭という言葉も歴史的にいうと最近出てきた言葉のようです。
それまでお父さんの懐かしい匂い、おじさんの独特の落ち着く匂いと言われていたかもしれないものが
加齢臭として定義されることによって
好ましくないものというイメージがつくようになったのかもしれません。

言葉の影響力は恐ろしいです。

一方でこういった言葉は思考を単純化することもあると思いました。

私も、私の周りの同年代もしばしば
「やばい」という言葉を使います。
非常に便利な言葉です。

実はこの1週間「やばい」という言葉を使わないように意識してみました。
そうすると、言葉が出てこないんです笑

感じたことをうまく言語化できないんです。
言葉に詰まってしまいます。
やばいというのは良くも悪くも程度が甚だしいことを言いますが、何がどうやばいのか?をうまく思考できていないということが発覚しました。

やばい
という言葉があるおかげで考える能力を節約しているという発見がありました。

すごい会議では
えーっと、などと言うと

えっと、という言葉を言ったところで場に何もインパクトが起きないからやめて。
と言われます。

「えっと」なんて言いたくて言っているわけではないのですが、
つい言ってしまいます。

人はどれだけ言葉を意図的に使っているのでしょうか?
少なくとも僕はそんなこと考えもしませんでした。

ある人と話していて、「子供と話すときは
子供の持っている語彙が少ないから
伝えることが難しい。」と言っていました。

なるほど、語彙というものは
世の中の理解を深めるものなんだなと思いました。

言葉について
私はもっともっと勉強する必要があります。

「信じることは思考の放棄だ」

ライアーゲームという漫画が私は好きなのですが
その漫画の中で語られるセリフです。

最近何を信じて生きているか?
ということを考える機会が多いです。

あなたが信じている価値観や考え方は何ですか?

私はすごい会議に入って、少なくとも今の時点で信じている価値観や考え方がありますし、
おそらく、多くの会社には多かれ少なかれ
【信じられているもの】があります。

もしかしたらそれは
お客様の立場に立てば売上は上がる。とか
仕事は結果が全て。とか
楽しく働かなければ意味がない。とか
そんなものかもしれません。
何が良い悪いではなく、会社には会社の信じているものが何かしらあります。

信じることはある意味では楽なことです。
信じているので、疑わなくていいですし、迷わなくていいです。
ただ信じている道を突き進むのみです。

私が今信じているものは
・生きていた方がいい
・問題や失敗と上手く付き合えるようになると人生が豊かになる
・様々な経験をすると、人としての器がでかくなる
・目標は高めに設定したほうが、パフォーマンスが最大限発揮される

などです。
私の場合これらを信じているからこそ、仕事を楽しんで取り組めていますし、
人生豊かだなぁと思えています。

ただ、たまに信じることは危険なんじゃないか?とも思うんです。

信じることは思考の放棄、と冒頭で書きましたが
信じた瞬間に、「疑う」という選択肢がなくなります。

私の例で言うと、
「目標は高めに作ったほうがパフォーマンスが最大化する」と考えているので、何にしても目標や目的を決めますし、高めに設定します。
もしかしたら目標や目的を決めないほうが楽しかったり、上手く物事が進むこともあるかもしれませんが、
私はその可能性を考えていません。

そして、おそらく
目標なんてもつべきじゃない!という考えを信じている人とは馬が合いません。
信じているものが違うのでやりにくくて仕方なさそうです。

こんなことを考えていると、
信じないほうがいいのでは?とふと思うことがあります。
ただ、信じないとすると目標は設定しないほうがいいのか?設定したほうがいいのか?とかいう疑問が湧いてきて
そこについて思考し始めると
意思決定や行動のスピードがガクンと落ちそうです。

やはり信じるものは信じたほうがいいなぁと戻ります。

わからない!
と思って先輩に話してみました。

そうすると
「信じるほうがいいのか?信じないほうがいいのか?
そこを考えることが効果的なのか?効果的でないのか?で判断したら?」
と言われました。

それを聞いて、
自分が信じているものを信じ続けるべきかそうでないかの思考そのものが人生にとってあまり効果的でないのかもなぁとも思いました。

行動のペースや自分の軸がグラグラになりますし、信じたほうがいいのか?信じないほうがいいのか?何を信じればいいのか?
と思考している時期の自分のパフォーマンスは低くなりました。

一旦信じてるもの信じてやってみて、定期的に
自分の前提であったり、信じているものを疑うタイミングを作って、
また信じ直して、突き進む。
もしかしたらそのタイミングで信じているものが変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。

そのくらいでいいんじゃないかなと思えてきました。

また、別の尊敬している人にこの話をしたところ
「信じる」と言う表現より「信じ続ける」っていう表現のほうがしっくりくるかもしれない。という話にもなりました。

自分の中で何かが繋がりました。

この一連の体験を通して私が得たことは

・考えることそのものが自分の人生に効果的でないとしたら、考えることをやめたほうがいいこと。
・自分の信じているものや自分の前提を時たま疑ってみると思いもよらぬ発見があること
・何かを信じると意思決定や行動のスピードが劇的に上がること

です。

モヤモヤしていたことを発散するブログになりました笑

あなたは
何を信じていますか?

あなたには今、どんな前提がありますか?

Everything is sales

「全ての言葉はセールスだ」

どすえの代表の川井がしばしば言います。

セールスとは何か?
「セールスとは人生だ。」とハワード(すごい会議つくったアメリカ人)も言っていました。

私の中で
「セールスとは人生だ」の言葉の意味がしばらく分かりませんでした。

セールス=営業だとすると
人生が営業!?

どんな人生いやだなぁ、、なんて思っていました。

最近、
「全ての言葉はセールスだ」という言葉と
「セールスとは人生だ」という言葉が結びついてきました。

どう結びついたのか?というと
全てのコミュニケーションでは売りと買いが行われているとします。

それは物を売ることかもしれないし
自分自身を売っているのかもしれないし
自分のアイデアを売っているのかもしれないし
自分の思想を売っているのかもしれないし
売るものが何か?は様々です。

私はある意味
このブログで自分の考え方を売っている訳です。
読んだあなたは
「なるほど!そういうことか!私もこういう風に考えてみよ!」という風に買うこともできるし
「言ってることが見当違いんじゃないか?私はそうは思わない」という風に買わないこともできます。

飲み会の場では
自分という人間が場にいることはプラスであることを売っています。
買う人がいれば、次の機会にまた飲み会に誘われるでしょう。

学校の先生は知識や考え方を売っています。生徒は買うこともできるし、買わないこともできます。買うかどうかは一人一人の生徒が選択します。

世間話であっても何かが売り買いされています。
それは苦労話かもしれないし、何かの自慢かもしれないし、共感かもしれません。
相手は同情するのか、尊敬するのか、共感するのか、それとも無関心でいるのか選択できます。

コミュニケーションとは売り買いが行われるかどうかということだとします。

こう考えていくと
何かしら自分は”何か”を売っているわけですし
相手も”何か”を売っている訳です。

常に何かを売っているとすると
何気ない
自分の服装、姿勢、声のトーン、表情などの全てが売れるかどうか?
に繋がります。

どう伝えたら相手は買ってくれるのか?
ということを最近常々考えるようになりました。
それはお客様もそうだし、上司も、後輩も家族も関わる全ての人がそうです。

この意識をした瞬間に
売れないことが多々あることに気づきました。
じぶんの売り込んでいる”何か”が魅力的な商品でないわけです。
自分自身が売るに足る人間なのか?
ということを問い続ける必要があります。

また、
人によって何に価値を感じて買うのかは違います。

「すごい会議」の何に価値を感じて買っているんですか?
とお客様に聞いたことがありますが
3者3様の答えでした。

同じものを売る時
アピールすべきところが変わるわけです。
そして売るためには相手が何を求めていているのか?
を知る必要があります。

「セールスとは人生だ」というのは
相手が何を求めているのか、自分が何を欲しているのか?を知り、
その実現を図るものだからではないか?というのが今のところの私の解釈です。

セールスについてもっともっと研究してみたくなった2018年のスタートでした。

明けました

新年明けましておめでとうございます。

新年ということで
Facebookなどでいろんな人の新年の抱負をあちらこちらで見ました。
私自身も年末に2018年の目標を決めました。

去年立てた目標の振り返りも合わせて行い、
私の中で目標との関係性について考える機会があったので
今回は目標について書きます。

新年でも人生でもなんでも
目標をつくる人とつくらない人がいます。
どっちが良い悪いではなく
目標をつくるメリットもあればデメリットもあるし、
目標をつくらないメリットもあればデメリットもあると思います。

“目標”とはなんなのか?
手元の辞典では「そこまで行こう、成し遂げようとして設けた目当て」と書いてありました。
私の中で目標とは期日と成果指標からなるものです。
いつまでに何を成し遂げたいのか?

そして目標を立てる意味は何なのか?
私が言うには、
目標とは意図です。
目標がなければ生まれなかった行動が起きたり、入ってこない情報が入ってきたり。

あの子と付き合いたい!
と思ったとします。
それを思い始めた瞬間に、
その子に関する情報や恋愛に関する情報が目につくようになります。今まで興味がない分野だったとしてもその子の趣味について知ろうとするかもしれません。
もしかしたら今までは考えられなかった自分磨きを始めたりするかもしれません。

目標があるともがきはじめます。
もがくことがない目標はそんなに価値がないと思っています。
(特にもがくことがないとすると目標作らなくてもその出来事は起きるから)

また、目標とは意図だとすると
その意図を常に持ち続けられるか?ということが自分の課題です。
何か迷った時に、楽な方やできそうな方に舵を切るのではなく、
目標達成するためにはどうすればいいのか?とどれだけ考えられるか?

すなわち毎日の数多くの意思決定をどれだけ「目標基準」でできるのか?
が目標達成の大きな要素になります。

どこでご飯を食べるのか?
ある会に行くのか行かないのか?
連絡したほうがいいのか、しないほうがいいのか?
どんな風に連絡をしたらいいのか?
どんな1日を過ごすのか?
どんな本を読むのか?

常に意思決定の土台に目標をおけるかどうかです。

去年はたくさんもがいた1年でした。
もがくことを楽しむことができれば勝ちです。

今年も、もがき甲斐のある目標にしました。
たくさん困ります。

また、
「教育」というものを今年の1つのテーマに置きます。
去年、高校の教師の方にセミナーしたり、保育園でセミナーしたり、地元でセミナーをしたりしました。

私自身、
ふとした時に
親から言われた一言や先生に言われたことを
今でも鮮明に覚えていて
自分の価値観や人生観を形成しています。

結局は小さい頃から接する大人の影響の積み重ねで今の自分があります。
部活の先生や受験時代を支えてくれた先生にすごくすごく今では感謝しています。

先日、とあるご縁で知り合った高校の先生から連絡が来まして、
「高校ですごい会議を活用して生徒を巻き込んだところ、こんな成果が出ました!」というものでした。

実際に自分がすごい会議に出会って考え方や行動が変わって思ったのは
もっと早くこの考え方に出会っていればよかった!でした。

高校の先生とタッグを組んで何か高校生や中学生なんかにも面白い取り組みができたらワクワクします。

なので今年そこに関して何かやります。

新年早々読んでくださってありがとうございます。
今年もブログは継続していきますので
宜しくお願い致します。

石田一眞

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セミナーやっています
http://sugoikaigidosue.jp/seminar/

すごい会議どすえとは?
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