ジブチ4日目

4日目

今日はモハメドにダウンジャケットを受け渡ししてお金をもらって帰国!

全てがうまくいき、有終の美を飾るだけなので

40周年記念式典に朝向かった。
なんでもパレードがあるらしい。

行ってみると人だかりがすごい。

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子供から大人までよくぞこれほど集まったという感じで一体どんなパレードなのだろう!?と期待に胸を膨らませていたが

パレードの楽しみ方が分からない。

軍隊の人たちが次々と国王のいるスタジアムに向かっているっぽいのだが
みんな真顔でポーっとパレードを見守っている。

パレードってもっとこう、楽しいもんじゃなかったっけ、、、
こんなに人が集まってただただ真顔でスタジアムに向かう車を眺めるその状況に強烈な違和感を抱きつつボーッと見てると

さらなる違和感が。
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こいつ何?

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本当によく分からない。
現地の人たちが話すのが、
アラビア語とソマリ語とアファール語とフランス語でどれも全く分からず、状況が全く掴めないままモハメドとの約束の時間が近づいてきたので帰ることに。

不思議な体験をした。

さて、念願のモハメドとの約束。
11:00にホテルに来てくれるらしい。
2日前にアポイントをとり、前日にリマインドの電話もし、どう話をするかも後輩と綿密に練り、あとは待つだけ。

11:00、、、

11:10、、、

まぁ、アフリカの人時間にルーズだし。
そんなせっかちに時間に来ないからってイライラしてもしょうがないし、、

11:20、、、

11:30、、、

電話しよう。
→「おかけになった電話は現在電波の届かない・・・」的な言語が流れる。(何語か分からないので何と言っているのか不明)

11:40、、、

12:00、、、
1時間待機し、電話をかけること10回。

モハメドが来ない。
手元には70着のダウンジャケット。
夕方の飛行機で帰国。

絶対絶命です。

どのようにすれば今日中にモハメドに会えるだろうか?

知り合いのタクシードライバーを頼りになんとかしてモハメドの実家を特定しました。
(これ我ながらすごい)

実家に突撃ー!
これで最高のフィナーレ!

となるはずが
奥さんが
「今寝てるから夜にしてくれ」とのこと。

モハメドに沸き立つ怒りという感情。

怒ったところで何も進展しないので必死に抑えるも感情は止められなかった。

私は飛行機があるため夜にモハメド宅再訪問は叶わず、
1日現地に長くいる後輩にあとは託すことに。

こんな消化不良感満載で飛行機に乗るとは思わなかった。

「あとは任せた。頼むぞ。」

とどっかのドラマのめちゃくちゃいいシーンっぽく後輩と握手して空港で別れた。

果たしてモハメドに無事ダウンを届けられるのか!?

ジブチ3日目

3日目

後輩と合流。1人でチャレンジしているとだんだんモチベーションが下がって来たり、疲れがドッときたりするが

仲間が1人加わるだけで元気100倍アンパンマンって感じになる。

現地人との連絡用に現地の携帯を買おうと街に繰り出すが、どのお店も閉まっている。

なんと6月27日はジブチ建国40周年記念日。
国を挙げてのお祭りで、国民みんなお休みなんだそう。
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詰み。

ところで、
今回のダウンジャケットチャレンジはダウンの費用や航空券代などいろんな費用がかかっているのだが、それはクラウドファンディングでまかなっている。
今私がジブチにいるのは多くの人の応援の賜物なわけで、
あまりにも人がいないので気を取り直して支援者へのお土産を閑散とした街の中で探すことに。

本当にどこも開いてない。人がいない。

いいお土産を探し続けたが、本当に何もなかった。ジブチのJICAを突撃し現地滞在している方にもオススメを聞いたが「本当に、何もないです。」とまで言われた。
国自体の発展があまり進んでいないのもあり、観光客はほとんどいない。あまりにも何もなさすぎてジブチは「猿の惑星」の撮影場所にもなったそう。それくらい閑散として荒廃した景色が続いている。

歩き回ること1時間弱。
やっと見つけたお店では店は開いているものの店員さんが店の中の床でダンボール敷いて爆睡してた。(店開ける意味よ)

珍しくいいものがあったので店員さん叩き起こしてお土産なんとか購入。
(支援者のみなさん、お土産楽しみにしておいてください!)

その後涼しくなってきて(おそらく35度くらい)昨日知り合った現地の人にダウンジャケットを売りに行くことに。
驚くことにある1人が1着買って得意げに着てると、周りの人が羨ましがって次々と売れた。

なんか日本のマーケティングにありそうだけど、この現象に名前つけたい。
人々が群がってきて、みんなお気に入りのジャケットを見つけては購入してくれた。

そんなこんなで歩いているとちょっとした遊園地みたいなとこに着いた。子供たちが何百人も集まっていて遊具で遊んだりイベントが行われていた。
20前後の若い男の子たちも結構いたのでここぞとばかりにダウンジャケットセールス。
爆音が流れていたので踊りながら販売していると

スタッフの人が「ぜひステージで踊ってくれ」と言ってきた。
そこはお祭り広場的な感じでちょっと高いところにステージがあり、そこでダンサーの人たちがパフォーマンスしたりしていたのだ。

ダンスなどリズム感のない私にとって嫌なものでしかなかったが、
ここで目立てばダウンジャケットもっと売れるんじゃないか?と後輩と2人でステージに上がることに。

いざレッツダンス!となってたら
バラードみたいな曲をスタッフが流し始める。

いやいや、ジャパニーズどんなイメージやねん。そんなまったりした曲で何を踊ってこの場を盛り上げんねん。
と激しいツッコミをして、アップテンポプリーズ!と。

後輩と2人で踊ることになったのだが準備してたわけでもないしお互いダンス経験0だったので
2人で踊れる曲を必死にその場で出した結果
・よさこいソーラン節
・逃げ恥の恋ダンス(ガッキーありがとう)
・変なおじさんダンス
の3つを思いつき、ステージで必死にこの3つを2人でダンス。

正直めちゃくちゃ盛り上がった。何百人もの子供たちが前のめりになり、ジャンプしながら手を叩き、キャーキャーワーワー言われる。

嵐の気持ちがわかった。松潤はこんな体験をずっとしてるのか。
最高に気持ちいいなと幸せな瞬間だった。
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踊り終わった後はすっごい拍手され、
我々2人はスターに扱い。ダウンジャケットがめちゃくちゃ売れた。

アイドルの気持ちを疑似体験できた。最高。

そんなこんなで全てが順調に進み、
あとはモハメドに残りのダウンジャケットを明日渡すのみ。
不安を掻き消すためリマインドの電話をして準備万全!
明日でダウンジャケットプロジェクトも終焉です!

ジブチ2日目

2日目
ジブチ2日目。
(なんのこっちゃ分からない方は1つ前の記事をご覧ください。)

頼みの綱のモハメドと連絡がつかず絶望しつつも、
なんとか前を向かなければ、、
そう思い立ち、街に繰り出して片っ端から外にいる人に声をかけまくることに。

そんな中仲良くなったムハ。
彼はジブチでも高級ホテルで働く警備員。
なんか急にコーラをご馳走になって、そこから意気投合して
とても親切に街を案内してくれた後、
なんか人気のない道沿いにあるアパートの一部屋に通される。

この部屋で本当にいろんなことがあった。
いや、本当にいろんなことがあった。
ここのブログには書けないあんなことやこんなことが。。。
とにかく凄まじい体験をした。
直接お会いした方にはお話します。
ただ言えるのは、私の人生のスベらない話のネタが1つ増えたということだ。
私の中のナニカが失われたが、そんな代償を資本にスベらない話を手に入れた。

その後、BARに入って日本の仲間に情報共有と新たな今後の作戦の相談をしながらBARにいる人たちと仲良くなる作戦。

そこのBARで仲良くなったのはエチオピアから来たという男性二人組。
ダウンジャケットを売っていることを熱く語っていたら1着ダウン買ってくれた!!

売れる時は案外あっけなく売れた。

その後も現地人と仲良くなってはダウンをセールスし、電話を借りてはモハメドに電話連打するの繰り返し。

10コール目くらいで
ようやく繋がりモハメドとのアポイント獲得!
最終日の朝にホテルに来てくれるそう!
本当に1人で泣いて喜びました。100着完売の光が差してきた。

そしてもう一点朗報が!
街を歩いては知り合いを増やしまくる作戦をひたすらに実行し続けた結果、
なんと日本語を話せるジブチ人に遭遇!

なんと日本の自衛隊で働いているとか、、
これは強力なパートナーが!
ジブチが暑いことと、アバス(彼の名前)の生い立ちと小田和正の話で盛り上がり、また翌日会うことに。

彼の友人にエチオピアによく行く人がいるらしい。
ここジブチは最高気温50度近くいき、最低でも28度とか。
対して隣国エチオピアの最低気温は12度あたりまで下がる。
世界一暑い国にいるエチオピアに行く人が狙い目だと発覚。
ニーズさえ掴めればセールスしやすくなることなること。
この数時間で何着か売れた。

明日からは後輩の1人がジブチに合流し2人体制でダウンジャケットチャレンジをすることになる。

今日得た現地人とのネットワークを元にブレイクスルーを起こす。

ジブチチャレンジ1日目

今回はいつもと志向を変えて
世界一暑い国ジブチ共和国での日記を書きます。
(今回、一見不可能を可能にする企画として世界一暑い国でダウンジャケット100着を売るためにいまアフリカのジブチ共和国に来ております。よく分からないと思いますが、そんなあなたはこちらをご覧ください。
https://camp-fire.jp/projects/view/25989)

私の今回のミッションはダウンジャケットを買うと口頭合意してくれたジブチの人たちに実際にダウンジャケットを届けて金銭のやり取りをすることです。(そのためにビジネスVISAまで取りました。)

問題は現地に”住所”という概念がないこと。限られた情報を元にその人に辿り着かなければならないのと、
2ヶ月前の約束を覚えていてくれるか?というのが最大の懸念です。

香港、アディスアベバを経由し、
無事乗り継ぎのトラブルなくジブチに到着。
手荷物検査で警備員に中身を聞かれ、
「ダウンジャケットです。」と答えるとみるみる怪訝そうな顔に。
カッターでダンボールを無理やり開けられ中身をチェックされる。
(ジブチは暑いぞ?バカかお前?)みたいな目で見られ、
「何しに来たの?」と尋問される。
「売りに来た。」そう答えるも、相手の顔は曇り空がまったく晴れない!
そこから30分くらい議論は白熱し、納得はしてもらえなかったが理解はしてもらえて税金とやらを払って無事に関門通過。

空港に両替所がなく、タクシーの運転手に両替したい!と言うと道を歩いているおばさんに声をかけ始める。
何事か?とみていたら、なんとそのおばさんが両替してくれるみたい。
ポケットやカバンからおもむろにお金を取り出し両替してくれた。歩く両替おばさんは慣れると普通に見分けられるようになった。
なぜジブチでは両替所ではなくて、両替おばさんなのだろうか?
見ていると、両替おばさんは車に声をかけ始め、車越しに次々と両替を華麗な手さばきで繰り広げている。

なぜ固定の場所ではなく両替おばさんなのか?
→両替おばさんのほうが効率いい・儲かるから
→なぜ移動式のほうが儲かるのか?
→固定だと人が来ないから
→外が世界一暑いから(このとき確か45度)
という結論に笑

この国は暑すぎて本当に人々が昼間外にいない。

ホテル到着後、
とりあえず4月にダウンジャケットを80着ほど大量購入してくれたモハメドさんを探すことに。
(モハメドさんの会社の80着大量購入により、我々の100着完売チャレンジは成功に至るのだが4月から一向に本人と連絡が取れず不安が半端じゃなかった)

場所が分からないので
もらった名刺を頼りに人に聞きまくる。
このためにフランス語の指差し会話帳を成田空港で購入。本を見ながら必死に話しかけるも、通じない!
発音がダメなのか?
→本の文字を見せても通じない!
→文字が読めないのか?識字率そんなに低いのか?
コミュニケーションを取っていると、なんとフランス語話せないそう。現地人はソマリア語みたい。
ソマリア語ってなんやねん。。。
携帯にその辺の辞書ダウンロードしていたもののソマリア語は無く。
もう、気合い。気合だけでコミュニケーションは取れる。

10人くらい声かけてようやくたどり着く!
ところがお店に本人がいない!
どうやらラマダン期間中で昼間は家で寝ているとのこと。
夜来てくれたら電話するよと言ってくれて時間が空いたので
日本大使館とJICAのジブチ支部に日本人の話を聞きにいくことに。

それにしても本当にジブチの人は優しい。
ヒッチハイクにもすごく協力的だし
なんか飲み物ご馳走になったし
ご飯もご馳走になりました。
詐欺に合わないか?とか強盗に合わないか?とか警戒していたものの
親切すぎて警戒した自分が恥ずかしくなりました。

というか警戒しなければならない世の中に悲しくなりました。
世界は愛で溢れている。
そんなジブチ人の愛に心が満たされるも
モハメドさんと電話通じず。
出ないんです!

これダウンジャケット渡せなかったら、本当に詰みます。
2日目なんとしてでもモハメドさんに会う!

意志は弱いものとして受け入れる

先日とある先輩と

「忘れないようにする」と
「忘れられない仕組みをつくる」は違う。
ということを会話しました。

最近読んだ本に

「すぐやる人は意志力に頼らず誘惑そのものを遠ざける方がよほど楽だと考えている」とありました。

日本のコカコーラの利用者は1日5000万人だそうですが
その内訳は
自販機2000万人
小売店(スーパーやコンビニ)1600万人
レストラン900万人らしいです。

日本は世界的に見ると人口はそれほど多くない国ですが
世界一ソフトドリンクを消費しているらしいです。
それは、自販機やコンビニが大量にあるからだと言われています。

コーラ飲まない!
お菓子食べない!と決めても
目の前にあれば飲み食いしてしまうのが人間です。

ストイックに自分を追い込める人は本当に素晴らしいですが
残念ながら私はそんなに自分に厳しくありません。

やったほうがいいと分かっているのにできていないことがたくさんあります。
それは意志が弱いからだ!と片付けるのは非常に楽ですが
「もっと意識する」という解決策ではなかなか解決しません。(少なくとも私は)

「忘れないようにする」という解決策は
本当に心変わりして覚悟を決めたものに関しては機能します。
1日中そのことを考えるようになるからです。

ただ、そんな覚悟日常なかなか数多くできません。

忘れられない仕組みをつくる。
について最近私がやっていること、設けているMyルールを書きます。

・ 目標を玄関に貼り、毎朝唱和してから家を出る。
・ 1移動につき必ずセールスに関するアクションを1つ行う。
・ 本を常に持ち歩き、集合時間の待ち時間は本を読む。
・ 行動指針を携帯の待ち受け画面にする。
・ やると決めたことは自分宛にメールし、やり終わるまで既読をつけない。
・ 自分が見ていいなと思った記事を社内の新卒グループにシェアする。
・ ブログを毎週日曜日に書く(カレンダーに登録する)
・ 本当にやらないことが続いたら「〜できなかったら坊主する!」と謎に友達に宣言する
・ オススメされた本はAmazonでその場で買う
・ 吃る度に100円払うと会社のメンバーに行って吃るたびに罰金を払っている。

などです。
忘れられない仕組みにするコツは
① リマインド機能を外部に委託する・他者を巻き込む
② 視覚化し、常に見えるようにする
③ ルールにし、考えなくても身体が勝手に動くまでとにかくやり続ける(おそらく毎日の行動であれば最初の10日間くらいだけ我慢すれば勝手に脳がリマインドするようになる。)

とかなんじゃないかなって思います。

このブログが誰かの問題解決に役立てば幸いです。

意思の決定

人は1日に何回意思決定していると思いますか?

いろんな説があるようなのですが
だいたい1日に4万〜7万回意思決定しているみたいです。

今起きるかどうするか?
朝ご飯何を食べるか?
どんな服を着るか?
何時に家を出るか?
どんくらいのペースで歩くか?
数えだしたらキリがないです。

今の自分は過去の自分の意思決定の積み重ねの結果です。
過去の意思決定が1つでも違ったら今の自分とは全くの別人になっているかもしれません。

「だから君と出会えたっていうのは奇跡なんだね。」みたいなクサい台詞は置いといて

1日に4万回も意思決定しているのですが
未来に影響を与え得る意思決定はそのうち0.1%にも満たないようです。

つまり、1日に40回ほど未来を大きくかえる意思決定が人はできるわけです。
今日と同じような明日にもできるし、今日よりもずっと最悪な明日にもなるし、今日なんかとは比べ物にならないくらい素晴らしい明日がその意思決定によってつくられるのかもしれません。

自分は今日どんな効果的な意思決定ができたのだろうか?

と自分自身に問うてみると
「そんな意図して意思決定したかなぁ」と毎回思います。
本当にうまくいく発言ができたのか?
あれは効果的な振る舞いだったのか?
あの行動はもっとこうしたほうがインパクトあったんじゃないか?

いかに自分が意図して行動できていないのかを思い知らされます。

普段たくさんの経営者と会話したり、仕事をします。

経営者の方は日々多くの意思決定が求められます。
どんな人を採用するか?
クビにするかどうか?
事業をたたむのか続けるのか?
会社をどこに向かわせていくのか?

ものすごい重圧です。
普通の精神ではへとへとになると思います。

唯一正しい正解のない中で
非常に曖昧な状況のもとパワフルな意思決定をしています。

中でも採用は企業の命運を握っているのではないかと思います。

「人が第一、戦略は二の次と心得ること。
仕事でもっとも重要なことは適材適所の人事であって、優れた人材を得なければどんな戦略も実現できない。」
と伝説の経営者ジャックウェルチが言っています。

前回のブログでブラジルのセムコ社について書きましたが
(http://sugoikaigidosue.jp/ishidadosue/)

セムコ社をリスペクトして
すごい会議どすえの採用権が社員に渡されました。
社員が「採用」と言えばその人に内定が出されたことになります。

今までは代表が直接会って採用・不採用を意思決定していたのですが
今回、社員が内定を出してもいいという意思決定が会社としてなされました。

今まで私は学生と面談して
うちで働いたら人生豊かになりそうな人を代表に繋いで
代表が意思決定をして17卒を4名採用しました。

このときの僕の在り方としては
「向いている人は繋いだし、あとは代表と本人が決めればいいでしょ」
というもので、どこか他人事でした。

今回、採用権が自分についたことで
求められる責任と意思決定力が今までとは比べ物にならないくらい大きくなりました。

会社として大きなビジョンを描いているので
優秀な仲間を求めているのですが

誰を仲間として受け入れて、誰を仲間として受け入れないか自分で決めていくことになります。

今まで私がしてきた意思決定というのは案外範囲が自分の中だけで
自分にとっては大きな決断でも
人の人生が直接的にあまり関わっていないので
意思決定の”重み”自体はそんなになかったなと思いました。

経営者の方の意思決定は本当にすごいなと世の中の経営者への尊敬が本当に止まらなくなりました。

“奇跡の経営”に向かって

私の尊敬する経営者であるリカルドセムラーのセミナーを2日間に渡って受けてきました。

セムラーの会社は
出勤するも休むも自由
給料は自分で決める
経費使い放題
働く場所も働く仲間も自由
取締役会に誰でも参加できる

という5000人以上スタッフを抱えるブラジルの会社です。

一体どんな魔法が解き明かされるのだろう?
そんな期待を持って臨みました。

期待は幻想でした。
“奇跡の経営”は”リアリスティックなプロ集団で形成される超絶合理的な経営”でした。

どういう内容かのコンテンツに関しては直接お話しましょう笑
聞いてください!

セミナーを受けて
うちの会社でもセムラーからインスピレーションを受けて経営方針を変えました。

○全員やりたい仕事だけすることに変えました
会社の仕事を全て一旦棚卸しし、やりたい仕事は何か?を個人個人が発表しました。
やりたくないことは手放そうといくつか会社として手を引くものを意思決定しました。
それぞれがやりたいことだけやる。そんな仕事内容に変わりました。

○前提を疑い、商品が生まれ変わります
セムラーはセミナーで(毎回セムラーセミナーがダジャレみたいで個人的に面白いです)
「企業は成長しなければならない。利益を上げなければならない。理念経営をしなければならない。とよく聞くが果たして本当にそうなのか?」と言っていました。
セムラーの中で、「〜すべき」という言葉が一切ありませんでした。
経営者であるにも関わらず、「他の社員より私の方が失敗する」とさえ言っていました。

セムラーはあらゆることに問いを立てる天才だと感じました。セムラーの話は哲学的で達観していました。

そんな話を受けて、私の会社でも、
そもそもおれらの商品っていいんだっけ?的な話から始まり色んな物事を見直しました。

そうすると今まで当たり前だと信じていたものに意外と可能性が眠っていて、新たなプロセスが始まりました。

もともとすごい会議どすえは
・出勤なし
・給料自己申告制
とセムラーの経営をリスペクトして自由な経営を貫いてきましたが

今回本人の話を聞いて
表面的だったと気付かされました。

本質的に一人一人の才能が最大限発揮され
毎日仕事に向かうのがワクワクしてたまらない
そんな会社になりました。