意義と意味

「やりたいことがわからない」「生きる意味がわからない」という人が近年急増していることに対して
精神科医が「生きがいとは何か?」と書いた
「仕事なんか生きがいにするな」という本を最近読んだのですが

そこには
【「意義」とは我々の「頭」の損得勘定に関係しているものなのですが、他方の「意味」とは「心=身体」による感覚や感情の喜びによって捉えられるものであり、そこには「味わう」というニュアンスが込められています。(中略)常に「価値」を生むことを求められてきた私たちは「有意義」という呪縛の中でもがき続けていて、大切な「意味」を感じるような生き方を想像する余裕すらないような状態に陥ってしまっている。】

と書かれてありました。

ふと意味、意義、そして価値という言葉について考えたのですが
日本語には

「無意味」という言葉はありますが、「有意味」という言葉はあまり使われません。
「無価値」という言葉はありますが、「有価値」という言葉はあまり使われません。
ところが意義になると逆で
「有意義」という言葉はありますが、「無意義」という言葉はあまり使われません。

言葉がないということは
その言葉の示す概念が日本に存在していないということだと思います。
(「勿体無い」という日本語が「勿体無い」という概念の存在しないアメリカで”MOTTAINAI”という英語になったように)

そもそも
「意味」「意義」「価値」という言葉はそれ単体だけで
すでに存在している解釈をする傾向があると思います。
(「意味」と聞くとまるで意味がそこにあるかのように感じる)

とすると
なぜ「無意義」という言葉が一般的でないのか、「有意義」という言葉が一般的なのかが不思議でたまりません。

「すべてに意義はあって当たり前」という根本的な思想があるのでしょうか?
すべての言動に意義はあるはず、という立場に立つと確かに「無意義」という言葉は必要なくなります。

人生に意義を求めることは世間的に求められるけれども
人生に意味を求める(味わいを求める)ことは世間的にあまり求められていないように感じます。

損得や善悪を常に求めるのが日本人の傾向としてあるのかなと思います。
(即ち全ての事柄に意義を求めようとすること)
では、何を基準に意義を判断するのかというと自分のやりたいこと、ありたい姿にとっての損得や善悪です。

そうすると、
自分が何をしたいのか
どうありたいのか?が意義を決定する上で非常に重要な要素です。

ただ就活生と話をしていて「やりたいことがわからない」という学生に死ぬほど会ってきましたし、
かく言う私自身がそうでした。
(今も明確か?と言われるとそうではない。)

やりたいことが分からない根本の原因は能動性だと思います。
自分で試行錯誤しながら必死に色々チャレンジして頑張っている人がいるとしても、それが親に喜んで欲しいからなどという理由であれば
真の意味での能動性はそこにはありません。
能動的に考える癖がない人に「なんでもいいからやりたいことは何ですか?」と聞いてもいまいちピンとこないんじゃないかなと感じます。

実際能動性がなくても今の時代生きていけますし、一般的な「幸せな生活」は手に入ると思います。

ただそんな人生は真の意義も意味も価値もないのではないか?
とそんなことを考えています。

どう生きるか?を問う1週間にします。

失敗から学ぶのが一番コスパが良い

「失敗の科学」という本を読んでいます。

たぶんこの1年で5本の指に入るインパクトを受ける本だと確信しています。

オックスフォードを首席で卒業し、卓球選手としてイングランド1位も獲得するなど多才なジャーナリストが
多くの事例を元に

失敗から学習する組織と
失敗から学習できない組織を体系化してまとめている本です。

すごい会議では最近
Fail fast, Learn a lot.

という言葉が流行語になっていて、「早く失敗して、多くを学べ」と沢山のプロトタイプを週1ペースで各々が開発し、
私が言うには、すごいペースで学びと商品開発をしています。

そんな今だからこそ自分にバシッとはまる内容だったのかもしれませんが、

努力が判断力を鈍らせるであったり、
完璧な集中が事故を引き起こすであったり
過去は事後的に編集されるであったり

本当に読めば読むほど「面白い!!!」という本でした。

この本から得たことは
積極的に間違いを起こすことができる環境と、そこからいかに学ぶシステムを構築するのが大切か?
ということです。

多くの場合、失敗は成功のもとだ!というような考えを
人のマインドに求めてしまいがちですが

問題は人のモチベーションやマインドではなく、システムにある。
と書いているのが概要です。

間違いをしたくない、
失敗は恥ずかしいという人間の心理は決してなくなるものではないですし

できることなら間違えたくないし、成功したいです。

ただ、蒸気機関やユークリッド幾何学が数多くの失敗から生まれたように
失敗をしなければ大きな成果は出にくいです。

また、失敗をしたときにその原因追求が本当にできているのか?と聞かれると
大きく首を縦に触れない自分がいました。

思い返すと大学受験の時は失敗から学ぶことを徹底していました。
模試で間違ったところを二度と間違えなければ本番で落ちるわけがないと思って
ひたすら模試を受けてE判定でも喜んで、間違ったところの理解を他人から見て異常なくらいしまくりましたし、
大学の過去問は1ヶ月で32年分解きました。

勉強は簡単だと思います。
問題を解いて、解答例があります。どこで失敗したのか?が明確にわかる仕組みがあります。
そこを改善さえすれば次は正答できます。

ただ、ビジネスにおいては
何が機能してうまくいったのか
どこが壊れていて失敗したのかが非常にわかりにくいです。

これが原因かなと主観で思ったとしても、それが本当に正しいのかどうかは分かりません。
おそらく成長が早い人はそのへんのセンスがうまいんだと思います。

失敗をして、振り返ってまた失敗して振り返っての繰り返しによって
そのセンスは磨かれるんですかね、、

失敗の要因を特定する能力を磨きたいです。
そこさえ極めれば同じミスを繰り返さずに
チャレンジし続ければものすごい勢いで成長できます。

「失敗」との付き合い方をもっと自分の中で深めないとと思った1週間でした。

感情のトリガーは何か?

「恋」と「愛」の違いは何ですか?

同じだけど違うもの、違うけど同じものをすごい会議ではDistinction(=区別、差異)として洞察を深めています。

最近、日々の気付きの全てはこのDistinctionなんじゃないかなと思ってきました。

実は2週間に1回友達と勉強会を開いています。
5人で本を読んで気づいたこと・考えたことを共有し、その後、2週間で得たものを行動に移してくる。
2週間後にどんな行動をしたのか?何を得たのか?を共有してまた新しい本を読む。

という流れをしています。
会社も年齢もバックグラウンドもバラバラの人としているので非常に面白いです。

とまぁそれは置いといて、
その勉強会の中ではいろんな学びがあります。

喜びと満足の違いは何か?
というテーマが今回の主なディスカッションの内容でした。

あなたは喜びと満足の違いは明確ですか?

どんな時に喜び、どんな時に満足するか?
意外と自分の中で区別できているつもりで、できていないものでした。

人によって定義は異なると思いますが
「喜び」とは私の中で湧き上がってくるものであり、自分ではコントロールできないもの。外部要因が大きいものです。
「満足」とは自分のコントロールできる範囲の世界であり、自分で手に入れることができるものです。

勉強会でみんなと話しながらふと考えていて、
私の場合、実は人生で満足した経験が1度もなくて、
喜びを感じる経験はいくつか経験しているなと感じました。

私は自分と目の前の人の成長を実感できる瞬間に喜びを抱くのですが、
一方で、
他者への貢献感を感じる瞬間に喜びを感じるメンバーもいれば
知ること自体に喜びを関しるメンバーもいました。

「自分に興味をもつ」
ということを以前ブログで書きましたが
昨年は自分に興味をもつことを徹底した1年でした。

「自分が本当に欲しいものは何なのか?」
毎日自分に質問しました。

違和感を抱いたら、何がその違和感を生じさせているのかを突き詰めました。
イライラした瞬間に「お!おれ、今イライラしてる−!」と考えて
何が自分をイライラさせるのかを分析しようとしました。

今までは
嬉しかったり、喜んだり、悲しかったりイライラしたり。
いろんな感情が自分に起きることを何の意識もせずにやり過ごしていましたが

何が自分の感情を動かしているのか?を知ることができると
人生がすごく生産的になるのではないかと思います。

喜びを感じさせるものを特定できればそれを手に入れるための行動を意図できますし
イライラさせるものを特定できればその問題を解決しやすくなります。

まだまだ自分をわかりきっていないですが、
1年前と比べると自分自身と付き合いやすくなっているなと感じます。

強み/弱み

学生時代、就職を意識し始めた頃に

「自分の強みはなんだろうか?」と言う問いに答えられない自分がいました。

自分の問題点や欠点はいくらでも出てくるのですが、強みと言われて
人と比べて自分が秀でているところって何があるのだろうか?
と考えても何も出てきませんでした。

そんな時、先輩に
強みなんて考えないで
人と自分の違いは何かって考えたら?と言われて

周りの友達と自分の違いは何か?を考え続けると色々と出てきました。

前向き思考
とりあえず行動する
人を小馬鹿にするのが好き
やり方がわからない中で何かを決めてなんとかしてきた
無能だと思われたくない
本質的な自信がないのに自信があるように振る舞える

などなどたくさん出てきました。
どれも強みと言われれば強みと言えるし
弱みといえば弱みです。

そんな中で強みと弱みって紙一重だなぁとふと思いました。

すごい会議は「人」を扱う仕事なので
人を知り、そして自分自身を知る必要性が職業上大きくあります。

月に何度か「人」に関する気付きや洞察を深めるために勉強会を開いたりしているのですが
先日、

「あなたは誰ですか?」

という質問に5分間答え続けるというカオスなワークをやりました。
2人1組になって、ひたすら片方が5分間、「あなたは誰ですか?」と聞き続け、
答える側は2度同じ答えを言ったらいけないというルールのもと延々と答え続けるというワークです。

初めは
「石田です。」
「九州男児です。」
「日本人です。」
みたいな答えを言っていたのですが

だんだん答えがなくなってきて

「地位や権力には興味がありません。」
「カラスが苦手です。」
「人を応援することが好きです。」
「プライドがないと思っているけど、度々プライドが邪魔するカッコ悪い人間です。」
「脆いです。」

など自分は何者か?ということに関していろんな答えが勝手に口から出てきました。

非常に多くの学びがあり、面白かったし、
5分間で相手のことを結構知ることができました。

そんな内容をしながら対話をしていって

自分の最大の弱みは何か?
という話になりました。

私の場合
最大の弱点は
盲目的な楽観主義者であることです。

人生なんとかなる。
とずっと思ってしまいます。

旅の準備も当日にしますし、
海外に行くときは宿など決めて行くことがほとんどありません。
人生で悩んだことはあっても落ち込んだことはありません。
海外でカジノに行った時は「どうせ勝てる」と本気で思っていました笑
引越は引っ越す当日に荷造り始めました。

ずっと私は自分のダメなところだなと思っていました。
楽観主義が行き過ぎているせいで人に迷惑をかけたこともありますし、
自分が不利益を被ったことも何度もあります。

ただ、対話していく中で
自分の弱みが強みをさらに強くしているという話になりました。

私の「盲目的な楽観主義」という弱みは
行動力であったり、サバイバル力であったり、落ち込まずに前進し続けるというような強みの形成・強化をしているなと気付きました。

弱みは弱みとしてあるのだから
これを隠そうとせずに受け入れたほうが楽だなと。
認めてしまって、さらけ出してしまって
あとはそれをどう扱うかを決めるだけだなと。

弱みに感謝する
弱点を誇りに思う

という今までに全く無かった文脈を手に入れた時間でした。