問題の特定

「問題は何ですか?」

この質問を会議の中で何度も口にします。

1つの議題の中で何回も「問題は何ですか?」と聞くことがあります。

-問題は何ですか?
目標達成していないんです
-目標達成するために解決すべき問題は何ですか?
みんなのモチベーションが低いんです
-モチベーションが低いことによってどんな問題が起きているんですか?
訪問件数が全然足りていないんです
-訪問件数目標はいくつで、今何件なんですか?
目標は今月中に100なんですけど今23です。
-訪問件数100件できたらどんな成果が手に入るんですか?
100件訪問できたら商談数が30件は確保できてそこから受注が生まれます。

みたいな感じです。
(例えのために若干味気ない会話になっていますがw)

ここでいうと
最初の「目標達成していないんです」を問題とすると

どうやったら目標達成するか?という議論になります。
そこから考えると現状の分析にすごく時間がかかる傾向があります。

いつも会議をしていて問題の特定にものすごく時間を使います。

何が問題か?がわかると
解決できる能力はおそらく多くの人が持っています。

問題解決は
・問題が何かを特定すること
・特定した問題の解決策を考えること
・解決策を実行すること
の3段階からなります。

【間違った問題の正しい解決策ほど手に負えないものはない】

とドラッガー先生の名言にあります。

ある組織で
問題は何か?と聞いていると

「情報共有ができていないことです。」

と回答が返ってきました。

情報共有ができていないと何が問題なんですか?

と聞いていくと

「ホウレンソウが曖昧だったりして無駄が発生しているんです」

とのこと。

無駄が発生しているというのは、実際どんな無駄が起きているんですか?

「通常15分で終わる作業に40分かかっています」

という回答になりました。

ここでは

問題を「情報共有ができていないこと」とするのか
「通常15分で終わる作業に40分かかっていること」とするのかで
解決策はまるで変わってきます。

「情報共有が問題なのか、15分の作業に40分かかっていることが問題なのか、どちらですか?」

となるわけです。

また、よくあるパターンが
問題は「成約率が低いことです」という場合に、
成約率をあげるための解決策は
ロープレをする、成約率の高い人の営業に同行する、話すトーク内容を変えるなどいろいろ思いつくにもかかわらず、何も実行していないことがあります。

この場合、
問題は
「成約率が低いこと」ではなく、
「成約率をあげるための行動を何もしていないこと」となり、

「どのようにすれば成約率があがるか?」を考えるよりも
「どのようにすれば成約率をあげるための行動が確実にできるか?」を考えた方が成果が出やすかったりします。

そもそもやり方が分からないのか、
行動が足りていないのか?
でもまた問題が変わってきます。

そして、私自身、人の問題はいろんな質問をして
特定するサポートをしている(むしろそこが仕事)のですが

自分のこととなると途端に分からなくなります。

なので行き詰まったときには
先輩に「コーチングしてください」と依頼します。

1つの会議で
「本当の問題は何なのか?」
「これが本当の問題なのか?」
「結局解決したい今起きている問題は何なのか?」

そんな質問を投げかけるだけで
アプローチが大きく変わることがあります。

自分のこととなると途端に見えなくなるのはなんでなんでしょう。
面白いです。

深センれぽーとその2

1つ前の記事に続き
深セン旅行で考えたことをまとめます。

▽we chatのインフラ化がえげつない
通訳さんの荷物みると現金を600円くらいしか持っていませんでした。
(しかもその600円は何ヶ月も使わずそのままらしい)

We chatという日本でいうラインみたいなSNSがあるのですが
そこのwe chat payというまぁ、line payみたいな機能で全ての買い物ができます。
タクシーも電車も、ご飯もスーパーも自販機もありとあらゆる買い物がwe chat payで済みました。

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(会社内のお菓子もwe chatで購入)

極めつけはスーパーです。
レジがなく、スーパーの棚には商品と商品のQRコードがあるんです。
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買い物客は買いたいもののQRコードをwe chat payで読み込んで、
その場で1つ1つ購入します。
買ったものは勝手に持ち帰っていい。
というシステムです。

このシステムはびっくりでした。

しかも物乞いしているホームレスさえもwe chatで寄付を求めるとか、、
紙に信頼を乗せる時代は必要性が乏しくなってきているのかもしれません。

深センでは現金を持ち歩かない人が多数派みたいです。
(逆にいうとスマホがないと生きていけない)

また、日本でいうところのUber eatsみたいなサービスが展開されていて、
何か欲しいものがあった時にネットで注文すると
近くにいる人が代わりに家まで運んでくれるサービスがあるようです。

あのカフェのコーヒーを飲みたいな。と思ってネットで注文すると
1時間以内に指定の場所(家やオフィスや遊び場)に届けに来てくれるみたいです。(しかもその手数料は100円くらい!)

ソフトウェアパークというスタートアップやベンチャーが集まっているところは
ランチをそのサービスを使って運んでもらって来る人がたくさんいました。

Amazonの24時間以内配送で衝撃を受けていましたが
1時間以内配送でした。

そんでもってラインやFacebookは使えないように制限されているので
もうwechat最強です。

将来日本もラインがそうなっていくんでしょうか。。

▽中国人の考え方
何人かでランチをとっている時でした。

とりわけをするときに、スプーンが必要になり店員さんに
「スプーンをください」と依頼しましたが
なかなか持って来ません。

待ちきれずに、1人のメンバーが自らスプーンを取りに行きました。
そのあとに店員さんが遅れてスプーンを持ってくると

「問題は解決しました」と通訳の人が伝えていました。

この伝え方は日本にはないなぁと思いました。

また、食事しているときに暑いなと言いながら
通訳の人が立ち上がって勝手にエアコンの温度を下げに行っていました。

問題をいかに解決するのか?についてのそもそもの行動のスピードや考え方が
日本と少し違うなと感じました。

中国人の人が図々しいなとアルバイトしていたときに思っていましたが
彼らなりに問題解決しようとしていただけなのかもしれません。

▽で、何をするか?
すごい会議でよく言われる言葉です。
「めっちゃ勉強になりました」「すごく感動しました」
「めっちゃ良かったです!」などと感想を口にしたもんなら
すぐさま、「で、何するの?」と聞かれます。

行動変容が起きない限り、その時間に意味はない。
という文脈があったりします。

4日間しかいなかった深センでしたが
日本は海外を見ていなすぎるなと感じました。

縮小していく日本市場でいかに戦うか?よりも
世界でどう戦うか?をもっともっと視野に入れていかないと
中国(海外)の人口の勢いや経済の勢いに一瞬でやられていくんだろうなと危機感を抱きました。

もっと海外の情報を取りに行くことをやります。
海外展開している人の話をもっと聞いたり、本を読んだり、
日本だけの基準で動いていてもあっという間に終わるかもしれないと感じました。

おまけ
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(謎のキャラクター)

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(どうやって入んねん)

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(歩道橋のど真ん中に乗り捨てされているシェアライド。多いときは1ヶ月で5000万台が作られていたらしい。シェアライドあり過ぎて、その管理が問題になっているそう)

深センれぽーとその1

大学時代、京都の100年以上続く寿司屋でアルバイトをしていました。

芸能人や、舞妓さんから地元の人や観光客までたくさんの人が来るお店でした。

その中でも中国人がめちゃくちゃ来ていました。

割り込むし、勝手にお店のもの触りまくるし、声はでかいし、分からない中国語で延々と話しかけてくるしで
アルバイトの私は
いかに他のお客さんに迷惑をかけずに中国人をさばくか?に全力を注いでいました。

そんなわけで中国人が嫌いでした(「中国人」と一般化する言い方が好きではありませんが
そういう人が多かったのでそう思ってます)

もともと私は旅が好きで、アジアは一通り回ったりしたのですが中国は1度も行ったことはありませんでした。

ただ、ここ数年の中国経済の盛り上がりや世界情勢における立場の向上や
中国に進出する日系企業も増えいていて、中国への興味は増えていました。

今回、中国の深センに行って来ました。

深センとは40年前に国の経済特区に指定された国で
約30年前は人口30万人だったのに対して
現在は人口2000万人です。

高齢者率が2%で、人口のうち336万人つまり約10人に2人がエンジニアです。
また10人に1人が創業しているそうで、もはやみんな社長やんけ!って感じです。
なかでも南山という地区には多くのスタートアップやVCが集まっていてこの地区だけで3~4兆円が運用されているみたいです。
(この規模はシリコンバレーを超えている)
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IT化が進む世の中で日本も将来はこういう風になるのかなと色々勉強したくて見に行ってきました。

深センで見たこと気づいたことを今回は書きます。

▽国の戦略が振り切っている
もともと深センという地域はただの山で本当に何もない地域だったそうです。
そんな地域にも関わらず、香港からアクセスがいいこと、海沿いにあることを理由に
国が40年前に経済特区に指定。
そこから40年間で建物をこれでもかというくらい建てまくり、
優秀な人材を集めまくり、企業を誘致しまくり、今アジアno.1の盛り上がりをみせるような場所になっています。
現地の人に話を聞いてみると、
昔は国自体がそんなに発展もしていないしお金もなかったので優秀な人間は海外に行っていたそうですが、修士や博士をとって深センに戻って来るとそのレベルに応じて1200万~6000万円の支給があるそうです。なかでも日本の東大はオススメで、理由は「誰でも入れるから」だそうです笑
お金もらえるし、海外の大学行くみたいです。

他にもいろんな事業が国営で運営されているため、潰れる心配がそんなにありません。
また、国が運営しているためか交通費が異常に安いです。
電車は3駅乗るのが40円くらいだったし、タクシーも40km(40分くらい)乗って1800円くらいでした。
最低限の生活をする分にはそんなにお金がいらないくらいに思えました。
話を聞いていると土地が高騰しまくっていて家賃は1人暮らしで12〜15万円が普通みたいでしたが。

また、街中に防犯カメラが設置されていて治安は非常にいいです。
(10年ほど前はチベットのほうからある民族が犯罪を犯していて治安が悪かったみたいですが、国が一斉に捕まえたり追い出したり、深センに入ることを規制し始めて改善されたみたいです。)

国の振り切った政策でめちゃくちゃ盛り上がっていましたが
一方で犠牲になったものも少なくないようでした。
「こんだけ人口が多くて、人や物が集まってうまくいくのは比較的簡単。
タイミングの問題で、うまくいくタイミングだからいろんな企業がうまくいっているだけ。
そんななかで追い出された人たちもたくさんいるし、こういう発展の仕方を望まない人も当然いる」ということを通訳さんは言っていました。

一番印象的だったのは
テンセントなどがある南山地区です。
ソフトウェアパークという東京ドーム4個分の土地に

800の会社と300のVCが集まっている場所がありました。
800の会社のうち半々でソフトウェアの会社とハードウェアの会社が分かれていて
日々モーニングピッチという投資家と起業家のやりとりが行われたり
IPOが行われたり(3年間で300会社くらい上場するらしい)
業務提携やMAが行われたり、、、

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(創業20年足らずで時価総額世界8位になったテンセント)

こんな目まぐるしく変化して、いろんな物やサービスが進化していく場所を見て
この勢いは経済という観点においては凄まじいなと衝撃を受けました。

自分を含めて、日本人は海外を見てなさすぎるなとひしひしと感じました。
旅が好きで海外はよく行っていましたが、
今回のようなビジネスの勉強に行くみたいな文脈はもったことがなく、
大自然を見に行きたい!って感じでいろんなとこ回っていたので
もっと海外のビジネスのこと勉強していかないとおいていかれるばかりだなと
危機感のようなものを抱きました。

日本は国として経済を盛り上げるためにどんな政策を打っているか?
というと働き方改革が最近の話題ですが
この施策によって解決される問題は何なのか?
ということを色々と考えさせられました。

この話題については今回は割愛します。

書ききれないので、
その2に続きます。

カウンセリング

コーチングとカウンセリングの違いをご存知でしょうか?

コーチング:クライアントが望むところを明確にし、そこに到達できるようにするためのコミュニケーションです。基本的に扱う内容は未来です。

カウンセリング:クライアントは問題と思い込んでいるものを問題でなくすることによって前進を促すコミュニケーションです。基本的に扱う内容は過去です。

普段、組織へのコーチングを通して
組織の目標設定や目標達成をサポートしているのですが

たまにコーチングできない人に出会います。

「1年後どうなっていたいですか?」と聞いても
「いや、どうでもいいです。なるようにしかならないので。どうせ自分なんて、、、」
という風に返ってきた場合、

どうしてもコーチングが機能しません。

精神的に健康でないとコーチングが働きにくくなります。

そして今回、私はとあるご縁で
有名な心療内科の先生にカウンセリングをしてもらいました。

カウンセリングと聞くとどんなイメージですか?

私はもともと
人に寄り添って話を聞いて親身になって一緒に問題を解決していく。
みたいなイメージだったのですが

カウンセリングを受けて
率直な感想は
「しんどかった」ということでした。

最初穏やかな感じでカウンセリングがスタートしました。

「昔はどんな子供でしたか?」なんて質問からスタートして
自分の価値観や大事にしていることなどを語っていきながら

色々掘り下げられていくと

自分が無意識的にも意識的にも遠ざけていて関わりたくないと思っていたものに
無理やり対峙させられていきました。

こんな自分のはずがない。

そんなことを考えながら

でも話をするたびに「自分ってこうなんだ」と真実を突きつけられます。

「カウンセリングって傷つきますね。」と先生に言うと、

「そうなんです。カウンセリングって傷つくんですよ。」と返されました。

衝撃的でした。

人は感情でしか動かないそうです。

何か行動を起こす。ということは
その行動を起こすことによって得られるものがあるから行動するそうです。

「行きたくないなぁ」とか言いながらいく飲み会も、
「仕事したくない!」と言いながらしている仕事も、
「こんなこと嫌だ」と言いながらやっていることも、

どんなことでもその行為によって手に入るものがあるからこそ
行動が起きているらしいです。

ただし、
何が手に入るから動いているのか?
ということを多く人は自覚していないことがあるそうです。

ちょうど同じ時期にある人にコーチングを受けている時に
「何事も許容するな」というテーマを話していました。

そこでは
「人が何かを許容しているとき、それは何かを失っている。何を失っているかに気付いた瞬間に人は我慢することをやめる」
という言葉に出会いました。

行動の裏に感情あり

というわけです。

自分のあらゆる行動を分析すると
自分が何を避けているのか?何が好きなのか?何を嫌っているのか?

より深いレベルで自己理解が深まります。

自分のことをよりよく知ることができると
人生の豊かさがものすごく変わる気がします。

行動している(もしくは、行動していない)ということは
何かの感情の現れである。

というものすごく大きな概念に出会ったカウンセリングでした。

M1グランプリ

M-1グランプリに出てきました。

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「M-1に出ましょう」と何の前触れもなくいきなりライン送ったら
芸能関係の会社をやっている百合野社長が即OKしてくれました。
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よく分からないスピードで物事が進み、
ネタ合わせは50回くらいやりました。

M-1は
1回戦→2回戦→3回戦→準々決勝→準決勝→決勝という流れで進んでいくのですが

素人の1回戦突破率は5%と言われています。
実はこれ、弁護士や公認会計士になるのと同じ難易度なんです。

「5%の壁を突破して、なんとか2回戦に行きたい。」
そんな思いで
毎日ユーチューブで芸人のネタを見ては分析を行い、
仕事終わりに百合野さんの会社に行っては2人でビデオ撮って練習して
ビデオ見ながら「もっとこうしよう」「ここなんか変えたいね」などと
試行錯誤を繰り返しました。

本番当日、
予選会場について舞台裏に到着すると
空気感にやられました。

殺されるんじゃないか、、
ってくらい空気が重いんです。

それぞれのコンビが深呼吸したり、壁に向かってネタ合わせしていたり、
事務所に所属している芸人の後輩っぽい人が
「おつかれさまですっ!!!」って先輩っぽい人に体育会みたいな感じで挨拶してるし
完全萎縮してしまいました。

「空気に飲まれる」という言葉がありますが
完全に飲まれました。

そしてスケジュールを確認すると
僕らの順番はなんとトリ!

それこそ、なんでやねーん!
って感じでしたが

出演までの時間がかなりあったので
最後までゆっくりネタ合わせできました。

いよいよ本番。
「どーもー!」と芸人っぽく入りました。

ここで発見。
「どーも〜!!」と大声を出すと緊張が消えたんです。
あの「どーも〜!」の掛け声は芸人さんにとって緊張をなくすテクニックなのかも。。
などと思いながら本番スタート。

50回くらいやってきたので
体と口が勝手に動きます。

全然お客さんの笑ってないコンビもいたのですが
僕らのネタでは何人かがめっちゃ笑ってくれていました。

気持ちいい。
みんなが僕を見ていて、笑ってくれている。
ジャニーズってこんな気持ちなのかな。(ジャニーズの方ごめんなさい)

あっという間に終わりました。
観客の方笑ってたし、練習通りネタできたし、手応えがありました。

1回戦はその日中に結果発表があります。

そして!

そして!!!

落選しました。

もう期待しまくっていて、
合格者の中に呼ばれた時、どんなリアクションしてやろーかな、、、なんて考えていた自分が甘すぎました。

結果が全てなので、偉そうに言えることは何もないのですが
漫才を通して得たことを書きます。

①KPI の設定が曖昧だった
ネタをつくって、ひたすらネタ合わせしました。途中、「このネタってほんまにおもろいんかな?」なんてことは何回か思いましたが、
今更変えられない。なんて思い、ひたすら決めたネタを練習しては少し改善してを繰り返しました。

今思うと、自分たちの漫才が成長しているのかどうかを測る指標が
ネタ合わせの回数くらいでした。
知り合いにネタを見てもらっても知り合いフィルターがあるし、適切なフィードバックはもらえないんじゃないか、なんて考えていました。

どうにかしてm-1の審査員やお笑い事務所に人に見てもらっ
フィードバックをもらうべきでした。

成長が実感しにくい(ネタの面白さを数値化しにくかった)時は
適切な判断ができる人の評価をもらう機会をたくさん置いた方がいいなと思いました。

②プロとアマチュアの違い
本番、待っている間に舞台の裏からネタを見れたりするのですが、
ネタを練習してきた体験を踏まえてプロの芸人さんのネタを見ていると

細部へのこだわりが凄まじいことがわかりました。
腕や手の動き、姿勢、話す言葉、無駄な言動が一切ないんです。

自分のものを振り返ると、自分が楽な姿勢をしていたり、腕が遊んでいる時があった気がします。

ネタ合わせ50回で満足していましたが
プロの人たちはおそらく何百回もやっているんだろうなと印象を持ちました。

③慣れない領域においての手応えの参考にならなさ

観客の人もけっこう笑ってくれていて、正直に言って手応えがありました。
しかし、落選。

お笑いに関して素人の自分の判断がいかにズレているのか?を突きつけられました。

あまり知らない領域について自分の頭で判断しても多くの場合的がズレているのかもな、、
なんて思いました。

2回戦進出の判断基準も知りませんし、そういうネタが評価されるのかについても
「お客さんが笑ったら評価されるだろ!」くらいにしか思っていませんでした。

もしかしたら他の判断基準もあるかもしれません。
そこについてどうにかしてプロの人に聞き込みをして聞いておくべきでした。

とまぁ、いろんな財産を得られた機会でした。

そして何よりも
超楽しかったです!!!
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(群馬の高校から出場していた高校生コンビと漫才終わりにパシャリ)

おしまい!

外部との関係性

「あなたと外部の何かを繋ぐ関係性は言葉でできている」

と我々の組織では言われています。

例えば、「お金」という題材があると

お金とは何か?
という問いの答えは人によって異なります。

お金とは「力だ」
お金とは「選択肢を増やすものだ」
お金とは「なくなるものだ」
お金とは「気づいたら増えてくものだ」

などいろんな言葉で表されます。

実は、上の4つは私自身がお金に対してつけていた言葉を時系列に並べたものです。

【小学校】お金とは「力だ」
【大学】お金とは「選択肢を増やすものだ」
【社会人初期】お金とは「なくなるものだ」
【今】お金とは「気付いたら増えてくものだ」
といった感じです。

最初にお金と触れ始めたのは小学生のころです。
当時はカードゲームにハマっていました。

遊戯王とかデュエルマスターズとかいうやつです。

友達とよくカードで勝負をして遊んでいました。
負けず嫌いだった僕はのめり込んでいて、暇さえあれば
どうやったらより強くなるのか?を考えていました。

お金持ちの友達はものすごく強いカードを持っていました。
僕も限られたお小遣いでカードを買っていましたが、
お小遣いの金額が違えば、買えるカードの量は当然変わります。

持っている強いカードの量がお金の量と比例するわけです。

この時に
「お金さえあれば強いカードを手に入れられるんだ」と思いました。

テレビゲームをして遊ぶこともありましたが
家にテレビゲームがなかった僕は練習ができず、ゲームしてもあまり友達に勝てませんでした。

「お金があると強くなれる」という価値観もっていました。

中学に上がると、
カードゲームを卒業します。
中学における力は「カードの強さ」から「勉強の出来」であったり、
「部活の結果」だったりに変わります。

中学校・高校はお金との関係性は特に薄く、
当時の私にとってお金とは「なんとなくそこにあるもの」くらいでした。

大学に上がり、晴れての一人暮らしです。
旅が好きな私は日本も色んなところに行き、
海外もたくさん回りました。

アルゼンチンに行った時に
「南極まで往復50万円で行ける」というツアーがありました。

南極はずっと行きたいと思っていた場所の1つであり、目の前に行けるチャンスが現れたにもかかわらず、
お金がなかったがために、南極行きを断念しました。

この時、
お金があれば選択肢が増えるな。
お金って選択肢を増やすためのものなんだ!
と思い、

迷った時に選びたい道を選べるように
バイトをしたり、自分でイベントをしてお金を稼ぐ日々を送りました。

選択肢を増やすためにお金を稼ごう!

と心に決め、個人事業として
すごい会議を始めました。

社会人として働き始めますが、
成果が全然出なくて、お金が一向に増えません。

借金をするし、家賃は滞納するし、
少しお金を稼げてもすぐなくなります。

この時、知らず知らずのうちに
「お金はなくなるものだ」という関係性を自分でつくります。

そうすると、お金はなくなるものなので
すごくケチになります。

何か物を買う時に、
この金額を稼ぐのにどれだけ苦労したか?なんて考え始めるわけです。

あぁ、今月中にお金返さなきゃ、、
なんてことを考えながら
お金に追われる日々を過ごしていました。

暫くしてお金を稼ぎ初めて、
家賃滞納に困らなくなったり借金を返しても
しばらくはお金との関係性が変わりませんでした。

お金はなくなるもの、なので
銀行口座の残高が増えても不安なわけです。

いつこれがなくなるんだろう?
そんなことを考えていました。

ただ、ある瞬間から
紹介が増えて仕事が舞い込んでくるタイミングがありました。
そこからお金が増え続ける時期がありました。

そのあたりから、
目の前のことを楽しみながら全力で取り組み
関わる人を喜ばせてさえいればお金は勝手に増える。

という価値観に変わりました。

それから口座の残高が減ったとしても
特に気にならなくなりました。

お金との関係性は
口座にあるお金の量や、稼いだお金の量や、使ったお金の量ではなく、
お金に対してどのような設定をしているか?

によることがわかりました。

羽振りのいい人は口座にお金があろうがなかろうが、羽振りがいいし、
ケチな人はお金があろうがなかろうがケチです。

お金という題材を使って長々と書きましたが、
お金だけではなく、
「仕事」「友達」「家族」「恋人」などなど
いろんなものとの関係性は

言語を通してできあがっています。

どんな言葉を他者(ここでいう”他者”とは人も物も、自分以外のもの全て)との関係性に置くのかで

行動や価値観がまるで変わることを

お金との関係性を振り返って思いました。

思考の源

「宮崎の会社と仕事がしたい!」と東京に拠点を置きながらずっと動いて
約1年前から宮崎の会社とのお仕事がスタートしました。

今では月1回宮崎に行って「すごい会議」をやっています。

宮崎出身の人に会うと、もれなく「宮崎が大好きだ」と返ってきます。

僕は高校まで宮崎で育ち、宮崎のたくさんの人に育てられました。

中でも高校は思い出深く、
県立の高校だったにも関わらず
朝7時から学校が始まり、21時くらいまで残って勉強をしていました。

京都大学に合格するために
1ヶ月で過去問を38年分解いた時も
毎日学校の先生に回答を提出し、「明日までに添削お願いします!」と先生の事情は全く考えずにお願いしていました。

この前高校の先生と飲んだのですが
「お前は恐怖だった」と言われました笑

そんな宮崎の人たちが大好きなんです。

よく「なんでそんないろんなことチャレンジしているの?」と聞かれたりするのですが
高校の時のある機会をきっかけに人生が明確に変化し始めました。
今回はそんな話をシェアします。

高校の受験時、クラスメイト2名と私で京大を目指していました。

その友達2名はものすごく要領がよくて
模試でもA判定やB判定を取ったりしていました。

対して私はずっとE判定。
D判定を1回取ったことがありましたが
C判定はおろか、B判定やA判定は取ったことがありませんでした。

全員で受かったらルームシェアしよう!なんてことを勉強しながら話していましたが
明らかに自分だけが不合格になる未来が見えていました。

勉強しても勉強しても結果に現れず、
勉強の仕方が悪いのか?と思い、勉強の仕方について書いてある本を買ってよみまくったりもしました。

にも関わらず結果に現れない時に担任の先生と面談をしました。

「自分だけが落ちるイメージしか浮かびません。」と恥ずかしながら涙目になって先生に相談していました。

マラソンを当時ずっとやっていたのですが、頑張れば結果が出ます。
勉強も今までは頑張れば結果に繋がっていたので
俗にいう「努力は裏切らない」信者だった私ですが
当時は信頼しきっていた努力に裏切られているような状態で
精神的に弱くなっていました。

その面談で、先生に言われた言葉で人生が変わりました。

「模試の結果が良い。ていうのは正直時間を無駄にしてるだけだぞ。自分が解ける問題を解いているだけだから、別になんの意味もない。

受験っていうのは本番勝負や。
A判定取ってたやつが落ちることもあれば、E判定のやつが受かることもある。要はそれまでのプロセスは一切考えられず、本番一発勝負。

模試で結果が悪かったっていうのはすごくチャンスじゃない?

自分ができない問題に出会えているって証拠やろ?それをちゃんと理解してできるようになっていれば本番に活かせるやん?

お前はすごくチャンスに恵まれてるわけや。」

みたいなことを言われました。

その時、なぜかすごく腑に落ちて

「あー、確かに本番さえ点数取れれば良いわけだから、本番以外は点数低い方が
苦手に気づける機会が増えてラッキーだなぁ」

と心のそこから思いました。

それ以来、私は
テストの結果が良かった時は落ち込み、テストの結果が悪かった時は
「本来、本番取れるはずのなかった点数が取れるようになった!」と喜ぶという

よく分からない受験生になっていました。

結果、合格最低点+3点でギリギリ現役合格し、

私は物事を肯定的に捉えられることに関しては
ものすごい能力が身につきました。

特に落ち込むことなく、いろんな行動にチャレンジできるようになったおかげで

借金したり、事件に巻き込まれたり、色々怒鳴られたりしても
前進し続けられる精神が確立しました。

高校の時の話ですが
ビジネスにも相当活かされていて、本当に先生には感謝しています。

念願の京都大学に入学して
新入生の健康診断の時に

のび太くんのコスプレをした京大生が
「ドラえもーん、童貞を卒業したいよー!!」と叫びながら歩いていて

人生道を誤った、、と一瞬思いましたが
京大に入れて、今の仕事ができて運がいいなと思うわけです。

宮崎に出張に行った帰りでしたので
こんな内容を今回は書きました。

P.S.
最近、会議ノウハウブックというものを個人的に作ってみたので
興味ある人は見て使ってください!
http://sugoikaigidosue.jp/know-how/

完了

社会人になってから使うようになった言葉に「完了」「未完了」という言葉があります。

「完了」とは、
相手と働く関係をつくるために本物の自分を相手と共有すること。お互いの合意のもと物事を始める・進めて行く・終わらせること。

「未完了」とは、
物事の始まりや終わり、途中経過などについて関係する人に合意がないまま進んでいる、あるいは止まっている状態のことを言います。

例えば、
・ご飯をご馳走になって、翌日「昨日はごちそうさまでした!」と一言お礼を言えているのかどうか。
・物を借りたら返す期日を決めているかどうか。
・「渋谷でオススメのお店教えて」と言った人に対して、教えてもらったお店に行ったのかどうか、行ったとしたらどうだったのかを報告しているのかどうか。
・言いたいことがあるけれど、(今度会った時に言おう)と思ったままになっていて、次会う日が決まっているのかどうか。

など、そんなイメージです。

約束を守っているのかどうか?
というニュアンスに近いですが
違いは”約束を守らなくてもその合意がされていれば完了している”ということです。

「〜します。と言っていましたが、やはりやらないことを決めました。」

この連絡が完了のコミュニケーションです。

完了と似た言葉に終了があります。
Complete と Finishの違いです。

終了とは双方の合意如何に関わらず時間とともに物事が完結することを言います。
2018年が終わると、2018年は終了します。
2018年を振り返ると2018年は完了します。

とまぁ、この区別は横に置いておいて、、
なぜこの完了・未完了の言葉をよく使うかと言うと、

未完了の多い状態で成果が出るはずがない。
1つ1つ完了していれば成果は勝手についてくる。

と言われているからです。

実際自分の体験として
完了のクセづけをしてから成果が上がったことがあります。

私自身ある素晴らしいコーチの方から定期的にコーチングを受けているのですが

ある時、
「今から10分で未完了なことを書けるだけ紙に書いて。」と言われて
未完了を書き出すワークをしました。

・〜やろう!と思っているけどやってない。
・あの人に連絡する。って言ったのに連絡していない
・〜を買おうと思っているけど買っていない。
・お金を以前借りていて未だ返していない
・お金を貸していて未だに返って来ていない

など30個くらい未完了を書きました。

すると、
「30個!?少なすぎ!少なくとも100個くらいはあるわ!延長するから正直になって未完了書きなさい。」と言われました。

いやいや、十分出したわw

と思っていたのですが、
振り返ると

・中学の時に喧嘩して以来一切話していなくて仲直りしていない人がいること
・いつもお土産をもらっているけど、自分からのお礼を全然できていない人がいること
・部屋の中で汚いなぁと思いつついっこうに掃除が進んでいないこと

などたくさん出てきました。

全部で結局70個くらい出ました。

「いつまでに完了するか決めて。」と言われて

全ての項目に対していつまでに完了するのか?を決めました。

「連絡しようと思っていたけどしていない。」という項目は、「もう、連絡しない。この人とは付き合わない!」と決めるものもあれば、

中学の友達の連絡先を人づてに聞き出して、
10年ぶりに会話して謝ったものもありました。

部屋を掃除し、捨てるべきものを捨て、
買うものを書い、

お金を借りっぱなしの人には返し、
貸しっぱなしの人からは返してもらいました。

大体3ヶ月くらいをかけて
70個の項目を完了しました。

そうすると、すごく頭がスッキリするんです。
パソコンのタブめっちゃ開きっぱなしで仕事していたのが、不要なタブを消してネットの速度が速くなった、そんな感覚です。

何かに追われることがなくなり、毎日に余裕が生まれ、
1つ1つの連絡が丁寧になり、未完了を生み出すことが減るようになりました。

人間の脳の使える割合は決まっているとよく言いますが、
完了→脳の中から消える
未完了→脳の中の一部の容量をずっと使い続ける
ようです。

完了なくして成果なし。
の意味がよく分かりました。

奥さんと喧嘩した日には
奥さんとの関係性が未完了なので
仕事が手につかなくなるわけです。

奥さんのことは仕事終わってから考える!
と決めれば完了になるわけですが、、

こういった脳の特徴をつかむだけでも日々のパフォーマンスは上がるなぁと実感しています。

未完了はほっとくとあっという間に大量に蓄積されていくので
都度都度未完了を完了する時間をスケジュールにいれていきます。

ふぃーどばっく

昔から(おそらく小学生くらいの頃から)
自分を確立している人に惹かれます。

外見や能力の有無や、ユーモアさ、などは関係なく
自分を持っているかどうかに興味がありました。

逆に言うと、いかに外見がよかったり
能力が高かったり、ユーモアがあっても
自分を持っていない人は一緒にいてもあまり面白くないなぁと感じます。

フィードバック

という言葉があります。
親から、友達から、上司から、社外の人から、投資家から、
いろんな人からフィードバックを受ける機会が世の中にはたくさんあります。

フィードバックの語源は軍事用語みたいです。
「ミサイルが標的まで正確に届いているかどうかの状況を伝える」という意味からきているようです。

軌道が逸れたら、軌道に戻るように伝え、
軌道上にいるときはそれでよいと伝える。

すなわち、フィードバックとは
標的がどこなのか?が合意されていないと成り立たないわけです。

日々の生活の中で
標的を確認せずに勝手にフィードバックする場面に何度も遭遇してきました。

例えば、
「市場価値なんて興味がない。旦那さんのサポートを全力でやって、趣味でお小遣いを稼げたり、近所のコミュニティで豊かに暮らしていたい。」
と思っている就活生に対して、
「そんな考えじゃ、市場価値の低い人間になる!もっと専門性が身につき、裁量権がある環境にいくべきた!」
などと言う人事がいたとすると

大きなお世話です。
A地点に行きたい!と考えて進路を考えている人に、
B地点に行くためには?という前提でフィードバックがなされます。

これはフィードバックなんかではなく、価値観の押し付けです。

大好きな人のサポートをしていくためにはどんな能力が必要だと思う?
もし、大好きな人と別れることになったとしたらその時はどうするの?

こういった会話は相手の標的を基準に話が展開されています。
フィードバックそのものです。

上司や部下、
友人関係
恋人との会話
取引先と

いろんな場面で”フィードバックまがい”のコミュニケーションが起きますが、

本当に標的が合意されていますか?
の確認は慎重にしないと関係性に溝ができる一方になってしまいます。

また、
私もよくそうなるのですが
そもそも自分の標的はどこなのか?
がわからなくなる時があります。

ここに行くぞ!
と思っていても、実は行きたいところは違う場所だったり、

あそこに向かっているんだ!
と思っていても
実は全く違う方向に進んでいることがあります。

フィードバッカーは
・標的はどこなのか?
・標的に向かえて進んでいるのか?
の2点をサポートすることが求められます。

フィードバックする時、
フィードバックされる時、

気をつけたいポイントです。

おせっかいになるのか、そうでないかは
標的の合意だなと感じた機会でした。

覚悟

「諦めないと決めた時点でそのプロジェクトは8割うまくいく」

とメタップスの佐藤さんが
ツイッターで昔言っていました。
(うろ覚えなのでちょっと違うかもしれませんが)

過去の経験を振り返って
本当にその通りだなと思いました。

〜できたらいいなぁ!
〜なったらいいなぁ。

くらいの覚悟だと大抵の場合達成できませんでした。

何が何でもここまではいく。
意地でも〜してやる。

と決めたものはほとんど達成していました。

去年の秋にアイアンマンに出ました。
(3.9km泳いで180km自転車乗って、42kmランニングする鉄人レース)
練習不足ではあったのですが
性格上、完走できなかったら
完走できるまでやり続けるので
何が何でも完走することだけは決めていました。

結果、ランニング中に脱水症状になりめまいが止まらず何回か吐いたり倒れたりしましたが
制限時間の20分前にゴールしました。

むかし、仕事で成果が出ず
給料がなくて家賃を滞納し、ご飯も1日1食で孤軍奮闘していた時期がありました。

だらだら頑張っても仕方ないと内省し、
今月中に〜円売上をつくる。と覚悟した瞬間がありました。
結果、達成しました。

達成できなかった時、決してサボっていたわけではありませんでした。

朝5時に起きて、夜も24時すぎまで働いていました。

ただ、覚悟がありませんでした。
こんだけ頑張ってるし、成果出るだろ!
みたいな感覚でした。
いま振り返ると、行動することで満足していました。

結局覚悟があれば達成しやすくなります。
達成できない場合強烈な悔しさが残ります。

覚悟がない場合
諦める理由がたくさん出てくるし
達成できなくても仕方がなかったなと悔しさもそんなに残りません。
達成できたらラッキーなわけです。
完全に投機です。

今の仕事にそこまで向き合えているのかな?
とハッとしました。

覚悟とはどのようにしたら持てるのか?
を考えました。

自分の過去の経験を振り返ると
内発的に覚悟が決まる場合と外発的に覚悟が決まる場合がありました。

もともと金銭欲はなかったのですが
アルゼンチンに行った時にお金がなくて南極行きを断念しました。
(南極にめちゃくちゃ行きたかった)
お金を理由に選択肢が狭まることは嫌だ。と思い、圧倒的に稼ごうと21歳の時に心に誓いました。

19歳の時にカンボジアに行って、村にいき、子供たちからいろんなことを学んで
恩返しがしたいと思い、学校建設することを決めました。

何かの体験に基づいて、内なる衝動が生まれ覚悟になるパターンです。

外発的なものは
そんなに覚悟はなくても、周りに言い続けていたら覚悟に変わってくるパターンです。

高校の時は、クラスで真ん中より下くらいの頭の良さでしたが
「京大に行く」と言い続けていたら
覚悟が後発的に生まれました。

外部に発信し続けると自分の発言と整合性を取ろうとするのであとに引けなくなっていきました。

クラウドファンディングで200万集める企画をしたことがあるのですが、
私はそのためにクラウドファンディングで200万以上集めた方5名にヒアリングしました。
どうやって200万いったのか?
どんなことをしたのか?
どんな失敗をしたのか?

実はそのあと、やっぱり企画やめようか?という話にもなったのですが

すでに5名の方がわざわざ時間を割いて情報提供してくださっていたので
僕は一人、
「僕は一人でもやります。」と言いました。

これも覚悟が決まっていたのだと思います。

どうやってやるかは分からないけど
逃げないことだけは決めました。
そんなことを言えたら勝ちなのではないかと。

経営者の人は往々にして覚悟が決まっているように感じます。

人も雇い、借金もして、逃げられない状況を作っています。

自分の覚悟はどこにあるのか?
この問いと向き合い続けます。