気付きの質

「今日何を得ましたか?」

この質問をほぼ毎日クライアントにしています。
そして自分自身にもしています。

面白いのは、同じ体験を共有しているにも関わらず、得たものが2人として同じ人がいないことです。

体験と経験という言葉があります。
辞書によると
体験とは実際に行動し、自らの身体で感じたもの。
経験とは実際に行動した事柄から気づき、知識、技術など自らの糧として何かを習得したこと。
なんだそうです。

「女の子に振られた」という体験を
「おれに魅力はない」経験とするのか
「もっと自分を磨かなければ」という経験にするのかは人次第です。

経験値が多い人は魅力的だと思いますが、
体験数という言葉を私は聞いたことがありません。

どれだけ多くの体験をしていても
効果的な経験として解釈できる能力が身についていなければ
成長の角度は大きく変わってくる気がします。

大学時代、飲食店でアルバイトをしていたことがあるのですが
おそらく私が今もっている「アルバイト」という経験は

今から新たにアルバイトを始めた場合の経験とは質が決定的に異なります。

社会人になっていろんなことを考えて、より多くのものに興味を持ち始めて、
体験→経験の変換の質と量は増えたと自信をもって言えます。

ただ、ここで思うのは
体験から質の高い経験にする力とはどのようにして鍛えられるのか?
ということです。

私が最近気にしているのは
【意図】です。

例えば複数人で街のお祭りに行ったとします。
オシャレに興味・意図がある人はすれ違う人の服装から色んな気付きを得るでしょうし、

恋人が欲しい!と思っている人は一緒にお祭りに行っている異性の子に関する気付きや発見を得られるでしょうし、

イベントの企画に興味意図がある人はお祭りの設計や運営に対しての気付きがあります。

普段からどんな意図をもって行動しているか?
が経験の質を握るとしたら

熱狂的な成果への意図をもっていれば必然的に成果が出るはずです!たぶん←

message

新入社員のに伝えたい◯つのこと。
みたいな記事を最近よく見るので、
自分だったら何を伝えるかなぁと考えて
今回は先輩風を吹かせてそのことについて書きます。

私が新入社員に伝えたい3つのこと。
ただ、考えてたら
この3つのことは新入社員に伝えたいことというよりかは自分自身に伝えたいことでした。
私自身全然守れていないし、自分への戒めとして書きます。

①物事に過剰に対応すること
「あの人って本当に徹底しているよね~」というような言葉を聞きますが、
あなたにとって「徹底する」とはどのような意味ですか?

ある経営者の方は「徹底する=他人から見て異常だと思われるくらいある物事に取り組むこと」だと定義していました。

この定義に則った時、あなたが今徹底していることは何ですか?

私がこの1年を振り返った時に物事に過剰に対応し、徹底した行動をした時は成果に繋がりました。

東京に来て、誰も知り合いがいない中で3ヶ月でFacebookの知り合いが1500人増えるほど人に会いました。朝活から夜の飲み会まで週7で3ヶ月間動き続けました。

オススメの本を10冊経営者に聞いて、全てその場でAmazonで買ったこともあります。即読んで感想と質問をその方に送りました。その方とは今でも仲良くさせていただいています。

「やったほうがいいことはやりすぎるくらいがちょうどいい」とどこかで聞きました。

②在り方を考える
在り方とは「私は誰か?」という問いに対する答えです。
新入社員の中で
「おれは新入社員のペーペーだ。」という人もいれば
「おれは同期でトップになる男だ。」という人もいれば
「私は場を盛り上げるエンターテイナーだ。」という人もいます。
在り方が異なるとその人の言動が全く変わります。
言動が異なると成果が変わります。

私はその場に合わせて、在り方を意図的に変えることを先輩から学びました。

私は若い元気で頑張っている新卒。という在り方を取るときもあれば、
私はプロのコンサルタントだ。という在り方を取るときもあれば、
私は生意気でどこか可愛げのある後輩だ。という在り方を取るときもあります。

その場で自分は何を得たいのか?
そこから逆算して、どんな在り方で場に臨むと価値が最大化するのか?を考えてから
自分の言動が勝手に生まれてくるようになりました。
今何したらいいんだろう?と考えてもあまり浮かばなかった言動が、
今どんな在り方でいるといいんだろう?と考えて、在り方が決まると、勝手に言動が生まれます。

逆に、「おれの在り方終わってたな、、」という時が何度もあります。
行動や発言が全然イケていない時です。
猛反省です。

③自分の脳みそがポンコツだということを認めて人を頼る
私は自分は頭がいいと思っていました笑←
議論が大好きで論破することが好きです。←嫌な奴
自分でいろんなイベントを開催し、利益も出して、やりたい!と思ったことは大概成し遂げてきて自信もありました。

仕事を始めた時も、自分のロジックの方が通ってる。と思う時が多々ありました。
ずっと私の在り方は「おれが正しい」でした。
しかしながら全然成果が出ませんでした。

先輩より自分の方が正しい。と思っている自分を仕事を始めて半年くらいたって
ようやく手放しました。

自分の脳みその判断だと成果が出ない。ことを受け入れました。

成果の出ている人のやっていることを一旦判断せずにやってみる。
自分の判断は全て間違っている。という立場にたちました。
驚くことに成果が出始めました。

そして、躊躇なく先輩や周りの人を頼れるようになりました。
うまくいかなさそうと思った時に人にすぐ相談できるようになりました。
自分の力では何も成果が出ないのだから周りの人を巻き込んでいかないと何もできないと悟りました。

新入社員で自分の力だけで成果が出る人は素晴らしいです。
本当に羨ましいです。
残念ながら私の場合はそのやり方で半年間全く成果が出ませんでした。

『自分以外の人間に頼むことができて、しかも彼らの方がうまくやってくれるとしたら自分でやる必要はない。』
ヘンリー・フォードが言っています。

俺は何もできない人間なんだと受け入れると非常に楽です。
自分以外の人の考えを聞ける環境・人間性が自分にあれば
自分の能力を引き上げ自分で考える必要はありません。
(結果的に人を頼るうえで非常に私自信は成長したと思います)

とまぁ、長々と偉そうに書いてきましたが
自分自身全く徹底できていないことをこの文章を書きながら今知りました。

新卒が5年後10年後の会社を引っ張っていくと思います。
面白い刺激的な世界をつくりたいですね。

感度を高くする

気付ける人と気付けない人の違いは何か?

4年ぶりにカーネギーの「人を動かす」という本を読みました。

気付き祭りでした。

大学生の頃団体を運営していて、人のマネジメントについて色々悩んでいた時に
先輩に「この本はめちゃくちゃいい」と勧められて読んだ本です。

いい本なんだなぁと思いながら読み、
「いい本だった」という感想を漠然と持っていました。人の名前を覚えること、議論を避けることなどいくつか覚えている内容もありました。

ただ、4年ぶりに読んでみると
当時線を引いていた箇所とは全く違う部分に脳が反応しました。

確かに!!
これ全然できていない!!
など反省と発見の連続でした。

4年前とは比べものにならないくらい気づきがありました。

面白いのは、当時自分が「なるほど!」と線を引いた箇所以外の文章から、ものすごい量の学びを得たことです。

同じ文章を読んでいるのに、当時は(おそらく)スルーしていた箇所の深みに感動している自分がいました。

同じ本で、同じ文章なのに4年前と今とで感じることが全く違います。

何が変わったかというと自分が変わりました。
4年前とは経験も価値観も環境もあらゆることが変わりました。
日常生活でアンテナを立てるところもこの4年間というか社会人になってから相当変わりました。

4年間で自分が成長した。という立場を取ると色々不都合な真実に辿り着きました。

同じ本や人の話や体験をしても、
多くの経験を積んでいる人は”10″学べるとして、そうでない人は”3″くらいしか学べないことになります。

これは気付く人はどんどん気付いて、成長していくし、
気付けない人とはどんどん差が広がっていきます。

正のスパイラルと負のスパイラルが酷すぎます。

この状況はなんとかせねば。と危機意識をもちました。
世の中の賢い人はどんどん賢くなっていきます。
どうすれば1つの物事から世界一気付きや学びを得られる人間になるだろうか?

この疑問文さえ解ければ、人生相当楽しくなるし、お金に困ることはないでしょうし、この成長過程を横展開できれば、
日本は最強の国になります。

ただ解決策が見えません笑
人の何倍も経験するしかないのかなと今の時点では思っています。
量をこなすと色んな気づきが起きます。
広く、深く、経験に重きをおく20代にします。

頭と身体のつかいかた

世の中であなたの思い通りになるものと、思い通りにならないものは何ですか?

武井壮さんは自分の身体を思い通りに動かす練習を徹底的にされたそうです。

多くの人は腕を真横に伸ばしているつもりでも、少し上に上がっていたり下に下がっていたりするそうです。

ある野球選手の真似をしようと全く同じ動きをしているつもりでも、実際は全然動きが違います。

自分の身体を思い通りに動かすトレーニングを徹底的にしたそうです。

自分の声が録音して聞いてみると思っていた声と全然違うこともあるように

私は自分の身体を自由に扱えると思っていますがそうではありません。
全然うまく自分の身体をコントロールできません。

「科学的に元気になる方法集めました」
という本を読みました。

元気になる、やる気が出るホルモンの分泌をどうしたら科学的に起こせるのか?
が書かれてありました。

最強です。
ホルモンコントロール、、
仮にドーパミンの排出量や痛みを感じなくするホルモンの分泌などを自由自在に操れれば最強です。

コントロールできるものとできないものはなにか?

コントロールできるもの:自分の言葉、行動、スマートフォン、着る服、髪型などいろいろあります。

コントロールできないもの:他人、過去、天気、電車の遅延など、こちらもいろいろあります。

そして、今までの私は
自分のやる気やモチベーションをコントロールできないものと捉えていました。

やる気だそう!と思ってもやる気はなかなか出ないし、
モチベーションあげよう!と思っても、上がらない時は上がりません笑

やる気を出したいのにやる気が出なくて自分に苛立ちます。

ところが!
科学的に元気になれる方法があるとしたら
やる気やモチベーションがコントロールできるものに分類されたら!
そうなんです。最強なんです。

まぁ、そう簡単にはいかないかもしれませんが
自分のやる気やモチベーションを意図的にコントロールできるようになると
(自分の身体の使い方・扱い方をより深くわかると)
日々の生活がすっごく楽しくなりそうです。

コントロールできるもの・できないもの
この2つを区別してみて、
コントロールできないものなのに、コントロールしたくなるとき、コントロールしようとするときに怒りや悲しみが生まれるんじゃないか?と感じました。

他人はコントロールできないのに
他人を自分の思い通りに操作しようとか

過去はもうコントロールできないものなのに
過去をどうにか編集しようとしたり、、

そんな時間は非常にストレスです。
そしてもったいないです。

コントールできるものだけに自分の思考体力を投資したいものです。

もちべーしょん

自分のモチベーションをコントロールできたら最強になれるんじゃないかと
3年くらい前からずっと考えていました。

自分のやる気を自在に操れるわけです。
最高です。

ただ、モチベーションは「あげるもの」ではなくて「あがるもの」なんじゃないかと最近思っています。

人生の中でモチベーションがあがった体験は何度かありますが
気づいたらモチベーションが上がっていた、というものでした。

そうすると、
「何が自分のモチベーションをあげるのか?」です。

考えた結果
今のところ
①周りの人がやっていない新しいこと
②努力の結果が1日~1ヶ月くらいで見えるもの
③直接人と自分の笑顔に関わること
④人の予想外のことを行い、その人を驚かせること
といった具合でした。

私の好きなものは
・イベント
・いたずら
・バックパック旅
などです。

そして、考えてみたところ
すごい会議という仕事はまさに4つの項目を満たしています。
おかげさまで仕事のモチベーションが下がったという経験は
睡眠不足で疲弊しきった1回だけです←

とまぁモチベーションについて色々書いたんですが
実はこの前ハッとさせられる記事を読みました。

そこに書いていたのは
「仕事に必要なのはモチベーションではない。プロ意識である。」
というものでした。

モチベーションというのは非常に不安定です。
下がるときは下がります。
無理やり上げようとしても上がらないです(たまに上がる時もある)。

ところが、プロ意識は安定しています。
ディズニーランドのキャストの方たちや
サービス業の方たちは接客中モチベーションを一切感じさせません。

プライベートで落ち込むことがあっても
おそらくプロ意識が最高のおもてなしの提供を確かにしています。

モチベーションが理由で仕事で成果が出ないと言っている場合
その仕事にプロ意識を持っていない可能性が高いのではないかという仮説を持ちました。

モチベーションがなくても、プロ意識さえあれば仕事として成り立ちうるのではないかと感じました。
(もちろんモチベーションがあるに越したことはないですが)

モチベーションに関係なく、
プロ意識は行動を起こします。
「やる気がでないから仕事しません。」ではなく
「お客様からお金を頂いているのだから仕事をする。」という思考になります。

脳科学や心理学の世界では
「人は行動してから考える」というものが常識になりつつあるそうです。

動作を行う意識の信号より、
動作を命令する信号のほうが350ミリ秒早いらしく、

「考えることより、動作のほうが実際脳に与える影響は強い」とのことです。

プロ意識が行動を促し、行動がモチベーションを創る。
一般的には少し逆説的なことですが
どんな時でもプロ意識を持って動く、ということをクセづけたいと思いました。

村上春樹さんはどんな日でも4時間は机に向かうそうです。
書くことが思いついていても思いついていなくてもです。
動き始めると何かが始めることを体験されているのではないかと思います。

まず動く。

どんな価値を提供するのか

先日すごい会議どすえの選考会を内定者と企画して開催しました。

選考内容は
【身1つでできるだけお金を稼ぐ!】

です。

携帯と財布を募集して、4人チームに分かれてどのチームが5時間という制限時間内でお金を稼げるかというものです。

大学まで私は
「~あるべき」という正解を探す能力が高ければある程度うまく生きてこれました。
私自身勉強を必死に頑張って、大学に入学しました。

社会人になって、最も痛感したことは「正解がない」ことです。
唯一正しい答えを探していては何も成果が出ません。

どうやって営業のアポイントを獲得するのか?
どうやって成果を出すのか?
どうやってお客様の成果が出るのか?

初めは正解を求めていましたが、ある時から
「正解はない。機能するかどうかだ。」という立場に変わり、

とにかく期間を決めていろんな方法を試しまくりました。
一旦決めてそれを正解にするように必死に動いて、ある期間が立ったら
その方法が効果的なのかどうかを振り返ることをひたすら繰り返しました。

おそらく
多くのビジネスがそうなのではないかと思います。

ユニリーバの洗剤の売上はアメリカ国内だけで年間3000億円を超えていて大成功していますが
その洗剤の開発に2つのプロジェクトが関わったそうです。

1つは数学者プロジェクト。複雑な計算と分析をして製品を作り上げたそうです。
結果は失敗。専門家に投資したお金は無駄になりました。

もう1つは生物学者チーム。彼らはひたすらに色んな成分を使って実験を繰り返しました。
449回の失敗を経て「これだ!」という製品の開発に成功したそうです。
(「失敗の科学」という本より一部引用しています。)

計画して動いて振り返ってのPDCAの繰り返しを実際に見ようと思い、企画した今回の企画は非常に盛り上がりました。

港区の住宅街を訪問して要らなくなった服屋かばんや骨董品をもらって売るチームや
外国人に書道の体験を提供してお金を稼ぐチームや
企業にロゴ作ります!と提案に行くチームも現れました。

その中に
渋谷で一発ギャグをしてお金をもらうことにチャレンジする人が2人いたのですが、
1人は1回で500円稼ぎ、
1人は1回で100円を稼ぎました。

二人の一発ギャグの面白さは正直そんなに大差なかったのですが
どうやって道行く人に声をかけているのかが違いました。

100円稼いだ人は
「今から一発ギャグするので笑ったらお金ください!」と声をかけていて、
500円稼いだ人は
「今までの人生で一発ギャグを振られて困った経験ありませんか?一生使えるギャグ伝授するので、このネタ自分使えるなと思ったらお金ください!」と言っていました。

同じように道行く人に話しかけていて
一発ギャグをして笑わせてお金をもらっていることは同じなのですが

この2人は提供している価値が違います。

100円の人は「今この時間を笑顔に変える」という価値ですが
500円の人は「一生使える自分のネタ」という価値を提供しています。

一瞬の価値と一生の価値という違いがあります。
思えば世の中のサービスも
一瞬のサービスより一生のものになりうるサービスは価格も価値も高いなと気づきました。

企画者の私がいろんな気付きと学びと笑いを得られた選考会でした。

意義と意味

「やりたいことがわからない」「生きる意味がわからない」という人が近年急増していることに対して
精神科医が「生きがいとは何か?」と書いた
「仕事なんか生きがいにするな」という本を最近読んだのですが

そこには
【「意義」とは我々の「頭」の損得勘定に関係しているものなのですが、他方の「意味」とは「心=身体」による感覚や感情の喜びによって捉えられるものであり、そこには「味わう」というニュアンスが込められています。(中略)常に「価値」を生むことを求められてきた私たちは「有意義」という呪縛の中でもがき続けていて、大切な「意味」を感じるような生き方を想像する余裕すらないような状態に陥ってしまっている。】

と書かれてありました。

ふと意味、意義、そして価値という言葉について考えたのですが
日本語には

「無意味」という言葉はありますが、「有意味」という言葉はあまり使われません。
「無価値」という言葉はありますが、「有価値」という言葉はあまり使われません。
ところが意義になると逆で
「有意義」という言葉はありますが、「無意義」という言葉はあまり使われません。

言葉がないということは
その言葉の示す概念が日本に存在していないということだと思います。
(「勿体無い」という日本語が「勿体無い」という概念の存在しないアメリカで”MOTTAINAI”という英語になったように)

そもそも
「意味」「意義」「価値」という言葉はそれ単体だけで
すでに存在している解釈をする傾向があると思います。
(「意味」と聞くとまるで意味がそこにあるかのように感じる)

とすると
なぜ「無意義」という言葉が一般的でないのか、「有意義」という言葉が一般的なのかが不思議でたまりません。

「すべてに意義はあって当たり前」という根本的な思想があるのでしょうか?
すべての言動に意義はあるはず、という立場に立つと確かに「無意義」という言葉は必要なくなります。

人生に意義を求めることは世間的に求められるけれども
人生に意味を求める(味わいを求める)ことは世間的にあまり求められていないように感じます。

損得や善悪を常に求めるのが日本人の傾向としてあるのかなと思います。
(即ち全ての事柄に意義を求めようとすること)
では、何を基準に意義を判断するのかというと自分のやりたいこと、ありたい姿にとっての損得や善悪です。

そうすると、
自分が何をしたいのか
どうありたいのか?が意義を決定する上で非常に重要な要素です。

ただ就活生と話をしていて「やりたいことがわからない」という学生に死ぬほど会ってきましたし、
かく言う私自身がそうでした。
(今も明確か?と言われるとそうではない。)

やりたいことが分からない根本の原因は能動性だと思います。
自分で試行錯誤しながら必死に色々チャレンジして頑張っている人がいるとしても、それが親に喜んで欲しいからなどという理由であれば
真の意味での能動性はそこにはありません。
能動的に考える癖がない人に「なんでもいいからやりたいことは何ですか?」と聞いてもいまいちピンとこないんじゃないかなと感じます。

実際能動性がなくても今の時代生きていけますし、一般的な「幸せな生活」は手に入ると思います。

ただそんな人生は真の意義も意味も価値もないのではないか?
とそんなことを考えています。

どう生きるか?を問う1週間にします。

失敗から学ぶのが一番コスパが良い

「失敗の科学」という本を読んでいます。

たぶんこの1年で5本の指に入るインパクトを受ける本だと確信しています。

オックスフォードを首席で卒業し、卓球選手としてイングランド1位も獲得するなど多才なジャーナリストが
多くの事例を元に

失敗から学習する組織と
失敗から学習できない組織を体系化してまとめている本です。

すごい会議では最近
Fail fast, Learn a lot.

という言葉が流行語になっていて、「早く失敗して、多くを学べ」と沢山のプロトタイプを週1ペースで各々が開発し、
私が言うには、すごいペースで学びと商品開発をしています。

そんな今だからこそ自分にバシッとはまる内容だったのかもしれませんが、

努力が判断力を鈍らせるであったり、
完璧な集中が事故を引き起こすであったり
過去は事後的に編集されるであったり

本当に読めば読むほど「面白い!!!」という本でした。

この本から得たことは
積極的に間違いを起こすことができる環境と、そこからいかに学ぶシステムを構築するのが大切か?
ということです。

多くの場合、失敗は成功のもとだ!というような考えを
人のマインドに求めてしまいがちですが

問題は人のモチベーションやマインドではなく、システムにある。
と書いているのが概要です。

間違いをしたくない、
失敗は恥ずかしいという人間の心理は決してなくなるものではないですし

できることなら間違えたくないし、成功したいです。

ただ、蒸気機関やユークリッド幾何学が数多くの失敗から生まれたように
失敗をしなければ大きな成果は出にくいです。

また、失敗をしたときにその原因追求が本当にできているのか?と聞かれると
大きく首を縦に触れない自分がいました。

思い返すと大学受験の時は失敗から学ぶことを徹底していました。
模試で間違ったところを二度と間違えなければ本番で落ちるわけがないと思って
ひたすら模試を受けてE判定でも喜んで、間違ったところの理解を他人から見て異常なくらいしまくりましたし、
大学の過去問は1ヶ月で32年分解きました。

勉強は簡単だと思います。
問題を解いて、解答例があります。どこで失敗したのか?が明確にわかる仕組みがあります。
そこを改善さえすれば次は正答できます。

ただ、ビジネスにおいては
何が機能してうまくいったのか
どこが壊れていて失敗したのかが非常にわかりにくいです。

これが原因かなと主観で思ったとしても、それが本当に正しいのかどうかは分かりません。
おそらく成長が早い人はそのへんのセンスがうまいんだと思います。

失敗をして、振り返ってまた失敗して振り返っての繰り返しによって
そのセンスは磨かれるんですかね、、

失敗の要因を特定する能力を磨きたいです。
そこさえ極めれば同じミスを繰り返さずに
チャレンジし続ければものすごい勢いで成長できます。

「失敗」との付き合い方をもっと自分の中で深めないとと思った1週間でした。

感情のトリガーは何か?

「恋」と「愛」の違いは何ですか?

同じだけど違うもの、違うけど同じものをすごい会議ではDistinction(=区別、差異)として洞察を深めています。

最近、日々の気付きの全てはこのDistinctionなんじゃないかなと思ってきました。

実は2週間に1回友達と勉強会を開いています。
5人で本を読んで気づいたこと・考えたことを共有し、その後、2週間で得たものを行動に移してくる。
2週間後にどんな行動をしたのか?何を得たのか?を共有してまた新しい本を読む。

という流れをしています。
会社も年齢もバックグラウンドもバラバラの人としているので非常に面白いです。

とまぁそれは置いといて、
その勉強会の中ではいろんな学びがあります。

喜びと満足の違いは何か?
というテーマが今回の主なディスカッションの内容でした。

あなたは喜びと満足の違いは明確ですか?

どんな時に喜び、どんな時に満足するか?
意外と自分の中で区別できているつもりで、できていないものでした。

人によって定義は異なると思いますが
「喜び」とは私の中で湧き上がってくるものであり、自分ではコントロールできないもの。外部要因が大きいものです。
「満足」とは自分のコントロールできる範囲の世界であり、自分で手に入れることができるものです。

勉強会でみんなと話しながらふと考えていて、
私の場合、実は人生で満足した経験が1度もなくて、
喜びを感じる経験はいくつか経験しているなと感じました。

私は自分と目の前の人の成長を実感できる瞬間に喜びを抱くのですが、
一方で、
他者への貢献感を感じる瞬間に喜びを感じるメンバーもいれば
知ること自体に喜びを関しるメンバーもいました。

「自分に興味をもつ」
ということを以前ブログで書きましたが
昨年は自分に興味をもつことを徹底した1年でした。

「自分が本当に欲しいものは何なのか?」
毎日自分に質問しました。

違和感を抱いたら、何がその違和感を生じさせているのかを突き詰めました。
イライラした瞬間に「お!おれ、今イライラしてる−!」と考えて
何が自分をイライラさせるのかを分析しようとしました。

今までは
嬉しかったり、喜んだり、悲しかったりイライラしたり。
いろんな感情が自分に起きることを何の意識もせずにやり過ごしていましたが

何が自分の感情を動かしているのか?を知ることができると
人生がすごく生産的になるのではないかと思います。

喜びを感じさせるものを特定できればそれを手に入れるための行動を意図できますし
イライラさせるものを特定できればその問題を解決しやすくなります。

まだまだ自分をわかりきっていないですが、
1年前と比べると自分自身と付き合いやすくなっているなと感じます。

強み/弱み

学生時代、就職を意識し始めた頃に

「自分の強みはなんだろうか?」と言う問いに答えられない自分がいました。

自分の問題点や欠点はいくらでも出てくるのですが、強みと言われて
人と比べて自分が秀でているところって何があるのだろうか?
と考えても何も出てきませんでした。

そんな時、先輩に
強みなんて考えないで
人と自分の違いは何かって考えたら?と言われて

周りの友達と自分の違いは何か?を考え続けると色々と出てきました。

前向き思考
とりあえず行動する
人を小馬鹿にするのが好き
やり方がわからない中で何かを決めてなんとかしてきた
無能だと思われたくない
本質的な自信がないのに自信があるように振る舞える

などなどたくさん出てきました。
どれも強みと言われれば強みと言えるし
弱みといえば弱みです。

そんな中で強みと弱みって紙一重だなぁとふと思いました。

すごい会議は「人」を扱う仕事なので
人を知り、そして自分自身を知る必要性が職業上大きくあります。

月に何度か「人」に関する気付きや洞察を深めるために勉強会を開いたりしているのですが
先日、

「あなたは誰ですか?」

という質問に5分間答え続けるというカオスなワークをやりました。
2人1組になって、ひたすら片方が5分間、「あなたは誰ですか?」と聞き続け、
答える側は2度同じ答えを言ったらいけないというルールのもと延々と答え続けるというワークです。

初めは
「石田です。」
「九州男児です。」
「日本人です。」
みたいな答えを言っていたのですが

だんだん答えがなくなってきて

「地位や権力には興味がありません。」
「カラスが苦手です。」
「人を応援することが好きです。」
「プライドがないと思っているけど、度々プライドが邪魔するカッコ悪い人間です。」
「脆いです。」

など自分は何者か?ということに関していろんな答えが勝手に口から出てきました。

非常に多くの学びがあり、面白かったし、
5分間で相手のことを結構知ることができました。

そんな内容をしながら対話をしていって

自分の最大の弱みは何か?
という話になりました。

私の場合
最大の弱点は
盲目的な楽観主義者であることです。

人生なんとかなる。
とずっと思ってしまいます。

旅の準備も当日にしますし、
海外に行くときは宿など決めて行くことがほとんどありません。
人生で悩んだことはあっても落ち込んだことはありません。
海外でカジノに行った時は「どうせ勝てる」と本気で思っていました笑
引越は引っ越す当日に荷造り始めました。

ずっと私は自分のダメなところだなと思っていました。
楽観主義が行き過ぎているせいで人に迷惑をかけたこともありますし、
自分が不利益を被ったことも何度もあります。

ただ、対話していく中で
自分の弱みが強みをさらに強くしているという話になりました。

私の「盲目的な楽観主義」という弱みは
行動力であったり、サバイバル力であったり、落ち込まずに前進し続けるというような強みの形成・強化をしているなと気付きました。

弱みは弱みとしてあるのだから
これを隠そうとせずに受け入れたほうが楽だなと。
認めてしまって、さらけ出してしまって
あとはそれをどう扱うかを決めるだけだなと。

弱みに感謝する
弱点を誇りに思う

という今までに全く無かった文脈を手に入れた時間でした。